映画三昧というのはこんなにも最高なのか。
誠しやかに気持ちがいい。体調も万全だ。
それなりに心がけてはいるものの、毎日まいにち朝の4時に起きておる。バサマもまっさおだな。
それからずっとテレビの前のソファから離れない。
1本の映画が終われば、事務的かつ気分的に次のDVDを選んで入れるだけの運動。
そして、1本の映画が終わるたびに、自分のケータイに向かってその感想をしゃべる……
まさにデブ街道まっしぐらな映画ヲタクだな。
でも俺様はデブらない。それは絶対にあってはならない。
いやはや、まさに健康的な日々を送るってのは気持ちがいいな。
いや、もしかすると不健康極まりないのかもしれない。
精神衛生上は、とても健康的。
肉体的には、たぶん限りなくよろしくなさそう。
こないだ知人から聞いた“エコノミー症候群”とやらになりそうなほど動かない。
24時間ぶっとおしで映画観てるといっても過言じゃないぐらい映画漬け。
たまらん。
でも、時間で流れるもんだし、1日という単位で見れば、やっぱり物理的に限界があるから、1日に観れる映画の本数も限られてくる。1日という単位を、俺様単位でとらえるなら、たぶん限界なしで観つづけてると思われる。
本当に飽きない。
毎回違う映画を観てるからかもしれんけど、ジャンルで観ればどれも同じ。
映画をたいして観ない人、そんなに好きでもない人からすれば、ずっと1日中“映画を観てる”っていうのには変わらないわけだ。
ただテレビにかじりついて離れない。便所と寝てるとき以外は、ずっと“映画を観てる”っていう一つの動詞で片付けられんだろうな。
で、あと、最近というか、ここ何年か読書の時間っつーのを設けてなかったので、それも取り入れてみた。
活字はいい。やっぱいい。
なにがいいのかはわからないけど、なんかいい。
本を読む人と読まない人とでは、必ずなにかが絶対的に違う。
雑誌じゃない。新聞でもない。漫画なんかでもない。
本だ、本。とにかく本。
本ならなんでもいい。文学書でも小説でも、最近流行りの“品格”とか“HOW TO 本”とか啓蒙本、自己啓発の本、とにかく本だ。
本を読む人は、読まない人がわかる。たぶん一発。いや、二発か。
少なくとも、1分も話せばすぐわかると思ふ。
話し方にも出るだろうし、言葉でもなんかが違うんだと思う。
本を読まない人からは、そのへんどうなんだかわからない。俺様が読まない人じゃないから。
でも、本を読まない人はまわりにいるので、特にわからないんだと思われる。というより、そういうことなんぞ気にすらしないんだろうなという感じ。
まあ、本を読んだから、読まないからなんだってことはない。
でも、本を読まない人とは、なんかどっかで違和感を抱くことが多い。なんかが違う。不愉快っていうほどのものじゃないけど、たいていは、いいふうに感じない。
たぶん、本を読まない人ってのは、ごくごく簡単なことでも文章ってのを書けない。自己紹介すら書けない。
本を読んでりゃ、いい悪いは別にして、それなりにそれなりの文章はすらすら書けていくと思う。
文章にいい悪いもないし、文章が書けるからいいってことはない。
実際に話をするっていうほうが機会としても多いけど、やっぱ最近じゃメールが致命的なことが多いかなと。
逆に言うと、本を読む人ってのは、文章を見ると、それら全部を本を読むみたいな感覚で読もうとしてしまうのかなと思えもする。
だから、本を読まない人ってのは、文章を文章としてだけ認識して、受け入れる。読むってより、認識っつーのかな。受容っつーのかな。
文章を文章っていう枠にとらわれないで読めるっつーか、もし書くとしても、その枠を気にしないものが書けるっつーのかな。
文章が文章じゃないのかもしれない。
嗚呼……
映画って、本当に素晴らしい。
- January 4, 2008 11:32 PM
- [ ゲロ古 ]