- K:tie 大破 -

 昨日はきちんと予約の時間どおりに歯医者さんに到着。
 というか、ジャスト。≪ルーシー≫開店と同時だった。
 最近学んだのは、普通に正面のドアから入るより、まわりこんで横のほうのドアから入ったほうが、直接続くエレベーターに乗れるということ。
 いざ出陣……




 着くと、いつものように受付のお姉さんがいた。
「おはようございまぁす」
「あ、おはようございますぅ」
 診察券を小さなクリアケースに入れて、待機。
 開店と同時に来たってのに、すでに4、5人の人が、俺様より一足先に待ち状態だった。
 まあ、たしかに俺様がエレベーターのボタンを押したときには、もうエレベーターも3階で止まった状態だったからな。仕方あるまい。
 ひたすら待機。




「松田さぁ~ん」
 呼ばれた。そう待ってはいない。
 顔を上げると、いつもの担当の女の人だった。
「あ、はいぃ~」
 手袋とかリュックを持って立ち上がる。
「こんにちわ」
「あ、ああ、こんにちわ」
 とここで、ちょっとした違和感を覚えた。
 けっこう病院だとか店員さんっていうのは、こういう挨拶に気を遣うもんだろう。
 しかしながら、朝一番から“こんにちわ”ときたもんだ。
 これはおかしい。
 “おはようございます”のほうが“こんにちわ”よりも他人行儀なのかどうなのか……
 看護婦さんのなかで、俺様に対する見方にごくわずかながらも変化が起こったんだろうか……
 そんなことを考えながらうしろをついていく。
 まあ、なにはともあれ、メッチャ脚が細い……そして長い。スカートが短いっていうのもあるかもしれんけど、きっとジーパンがよく似合うだろうってのは間違いない。ブーツカットだ。いや、ここは思いきってホットでも際立つだろうな。露出させるわけだし、際立たせるためにはくズボンなんだろうが。
 よく見かける細すぎる脚っていうんではなく、まさに美脚である。今までの27年間でも、あそこまできれいなシルエットを描くラインは、数えるほどだろうさ。
 いやはや、素晴らしいです。




「今日はこちらです」
「あ、そうですか」
 このたびは、靴を脱いですぐのブースであった。
 なんとも緊張感がみなぎってくる。
 いっぱい人が来る。見られる。ここへ来ただれもが通る場所だ。さっきから子供も歩きまわっている。
 ままままま、見られたって困ることはないさ。お忍びで来てるわけでもない。
 ジャンバーをかけてもらい、リュックを床に置く。手袋と耳かけ、マフラーを取って、そして最後にはずしたサングラスを壁に直接つけてある小さな棚の上に置く。
「おはようございまぁ~す」
 ふと気づくと、昨日は違う人らしい。初めて見る人だった。
 いや、助手としていつか覗きこまれたこともあった気がする。
 この顔……こないだテレビで見た奥菜恵さんと、今CMに出てる風吹ジュンさんを掛け合わせて、若くした感じ。
 ものすごいわかりづらいかと思うけど、とにかくかわいい。
 かわいい顔してババンバぁ~ンって感じ。黒髪を後頭部あたりで1つに結び、はっきりとした目鼻立ちに笑顔。大人と子供が共存した印象。一番男を惑わすお顔立ちと言えましょうか。
 まあいい。
「ああ、はい。おはようございますぅ。よろしくお願いします」
 椅子に腰かける。
「それでは前、失礼しますねぇ~」
「はいぃ~」
 ここに座ったら必ず視線のいくところがある。それは壁にかかった“ヴォイニッチ手稿”によく似た絵だ。それがとても気になる。
「先生来るまでまだちょっと時間あるので、もしよろしかったら……」
 と覗きこむその手には、雑誌が2冊。『HOKKAIDO WALKER』。左側の表紙は、さくらさんだった。
 女と男を並べられると、どうしても自然と女のほうに手が伸びる。まあ、普通にさくらさん好きってのもあるけど……ああいう顔が好みらしい。
「あ、だいじょうぶです。どうも」
「そうですか?」
「あ、はい、どうもです」
「はい」
 そう言って彼女は雑誌を持ってどっか行ったけど、その後しばらくのあいだ、彼女はなにかと道具をイジッたり、そんな必要あるのかわからんが口をゆすぐ機械の水の調節をしたりと、僕のまわりから離れることはなかった。
 ここは話しかけるべきか??
 いやいや、ここで話しかけたら負けだ。もしかしたらあの担当の人に“あの人、なんかいっつも話しかけてくるんだよねぇ~”とか吹き込まれたのかもしれない。
 なぬ!?
 避けられてるのか、俺様??
 いやぁ~、俺様ったら考えすぎ。自意識過剰。
 ということで、ひたすら待機。




 来た。
 しかし昨日は、いつもの担当の歯医者さんじゃなかった。
 挨拶もなく、いきなり施工開始。使い方間違ってるけど、ホントそんな感じだった。
 習字でものすごい達筆な字を書く書家さんのように、かなり手馴れた感じの作業ってことなんだろうけども、なんとなく“担当じゃねぇ~のになんでおれがやらなきゃなんねぇ~んだよ、めんどくせぇ~。ちゃっちゃと済ませてはい、次次”みたいな振動を随所に受けた。
 根の治療のつづきで、昨日は根を詰めたっていう話だったけど、そのときそれを入れたあと、なんかピンセットみたいのを突っ込んで、そのままプランプランとか振り子みたいに動かしやがった。
 しかもそのときの手さばきったらもぉ~……先を突っ込んで、ピンセットの持つとこらへんをかるく弾き、あとはその勢いで2、3回勝手に振れるのを待ってたっていう感じ。
 “ちょっと響きくからねぇ~”って、おまえが響かせてんだろうってことだ。そんな必要あったのか??
 まあ、ドリルみたいなのでイジられたときには、そら響くだろうなってのはわかるけども、さすがに掘りながらよそ見はなくないか?? よそ見するなら手は止めてくれ。しかも時計。
 んで帰ってきて、なんかそこが気になると思ってベロで触れてみると、なんかトンガッたものが出ていた。差し込んだ根の器具の一部かと思いきや、歯磨きしたら取れるし……単に塗った薬のはみ出しだったようだ。
 なんかもう昨日の歯医者さんは踏んだり蹴ったりだったような気が……
 ああいうやつはホントお医者さんになっちゃいけないんじゃないかと思ふ。
 忙しいのはわかるさ。
 でもそれもわかっててお医者さんになったんじゃないのかと。お医者さんで“暇な医者がいいなぁ~”なんて心構えでなる人なんていないだろうて。
 とりあえず優しい口調で話しかけてあげて安心させてあげればいいってもんじゃないだろうに……
 とはいえ、お医者さんとはいえ、そんなたいそう立派な心意気でっていう人も多くはないだろうさ。きれいごとばかりじゃないもんな、世の中。
 銭で買えちゃうものと銭じゃ買えないことの共存する世の中なわけでね。
 でも、だからって、時にあたかも虫歯みたいに扱われるそのきれいごとのほうを、現実という名の薬で詰めてしまうのは間違ってんじゃないかな。
 やっぱ“話”というやつは、話のできる人、話せる人、話のわかる人とするべきだな。話せない、話のできない、話のわからない人とはするもんじゃない。
 そんな人と話したところで、結局虚しくなったり退屈だったりして、挙句の果てには自分を責めるようになったりするのがオチなんだよな。
 たかが挨拶1つにしたってそうだ。
 普段話さないやつがポッと出てきて、いきなり話せるようになるかって、なるわけないしな。
 まあ、そのへんは仕方ないさ。
 しかしまあ、なんだ。
 昨日は看護婦さんたちとはいつもよりちょっと仲良く話せた感が残り、歯医者さんならではの楽しみもあったので、今回は見逃そう。
 きっとほかにも患者さんがたくさん待っていながら、忙しいなか俺様の処置をしてくれたんだろう。
 ありがとう、歯医者さん。




 とちょうどそっち側に行ったわけだしということで、そのまま美容室へ。いつものごとく≪Chelsea SW3≫也。
 しかし、メッチャ混んでた。
 パーマだか毛染めだか知らんが、とりあえず奥に4つ、手前に2つ並ぶ椅子のうち4つが塞がり、さらにはヨッシーが壁の向こうでシャンプーをしていた。
 心の迷いを感じつつも椅子に座って待っていた。
 奥から2番目の椅子でカットをしていた真理ちゃんが、しばらく経ってこちらへ歩み寄ってきた。微笑みはすれど、さすがに疲れているようだった。
「あ、どうも。なんかすっごい忙しいみたいね」
「ああ、松田くぅん。今日は髪?」
「ええ」
「あぁ~、でもとりあえずカットで4人待ちだけど、どうします?」
「それってどれぐらい??」
「う~ん……1時間ぐらいかな」
「マジっすか。まあ、かるく見積もって1時間、最低で1時間ってことでしょ??」
「うん~、そだねぇ~」
「1時間かぁ~……どうすっかなぁ~」
「でも1時間ぐらいだったらいつもどおりじゃないですかぁ」
 真理ちゃんが笑って言う。
「まあねまあね。2、3時間ならいつもどおりなんだけどねぇ~」
「じゃあ待ってて。ここで待ってて」
「う~ん……ただ黙ってずっと待ってるってのもねぇ~」
「まあね。今妊婦さんいるから、煙草も吸えないですしね。じゃあ、お昼すぎぐらいにまた来ます?」
「あぁ~、いや今日はちょっと、やることがあるんで……あ、じゃあ、それ終わったら来ますよ」
「はい。じゃあ、お待ちしてます」
「はい。じゃあ」
 僕はまたイヤホンを耳に押し込んで、お店のドアに手をかけた。
「それじゃあ、お先に失礼しまぁ~す」




 ってことで、帰宅後すぐに作業開始。
 やることやって美容室へGO。
 到着すると、男性の方が毛染めしていた。奥には女性がもう1人。
 帰ろうかとも思ったけど、昨日やらないとまたしばらく行かないような気がしたんで、とりあえず読書待機。
 15時12分。
 そして真理ちゃんの担当していた女性の方がお帰りになられた。
 ドアのところ、僕の隣まで来てお客さんを見送ったあと、真理ちゃんが片付けを始める。
 なぜか俺様はそちらを見ないようにしていたら、ふと目が合って微笑みが空気に乗ってやってきた。迎えに来てもらえないもんだから、まだ作業が残ってるのかと思いきや、銀幕のなかの女優さんがやるように視線で促された。
「あ、はい」
 真理ちゃんがこちらへやって来る。
「どうぞ?」
「あ、はい」
「水、飲みます?」
「はい、いただきます」
「はぁ~い」
 立ち上がるとまずは、カウンターに行った。真理ちゃんも奥に入る。来てからずっと着たまんまだったジャンバーを脱いで、お店のカードを渡し、リュックを預けてから、椅子に向かう。すぐに煙草を忘れたのを思い出して、ジャンバーの左ポケットから取り出した。
「松田くん、今日カット」
「ええ、お願いします」
 とカウンター越しに答えて先に椅子に座る。
 カルテに書き込んだあと、真理ちゃんが歩み寄ってきた。
「いやぁ~、すいまっせぇ~ん。2回も来てもらっちゃって」
「いえいえ」
「煙草吸いますよね」
「ええ」
 すると真理ちゃんが灰皿を取ってきてくれた。
「で、今日は?」
「あぁ~。あの、じゃあ、前と同じ髪型にしてください」
「前と同じ?」
「ええ、前の髪型がとても好評だったので」
「おぉ~。やった」
「だから前と同じ髪でお願いします」
「はぁい」
 真理ちゃんがオーダーしたという皮製の道具ケースからピンを抜き取って、ところどころ髪を留めた。
「あ、そういえばインターネットに写真載せたんですか?」
「ああ、載せましたよぉ」
「どれ載せたんですか?」
「頭の上から撮ったやつ、ここでも好評だった」
「自分で撮ったやつ?」
「違う違う。なんかこのへんから撮ったやつ」
「あぁ~。何回も撮りなおした甲斐ありましたよ」
 と真理ちゃんは、ケースから鋏と櫛を取り出した。
 散髪開始……




「……えぇ~!?」
 真理ちゃんは開始早々、作業の手を止めて爆笑。
「親知らずで全身麻酔って聞いたことないよ?」
「まあね、あんまり聞いたことないやな」
 とりあえずひさびさだったし、最近の話ということで、歯医者さんの話題。
 別にネタとかいうつもりはないんだけど、やっぱりこれはどうやら笑ってもらえるようだ。
「松田くんっておっかしいよねぇ~」
 あぁ~、話題は尽きないねぇ~。ホンット、尽きないねぇ~。
 男と話してるとけっこう話が途切れたりするんだけど、どうしてだろう、女の人が相手だとそれがない。たしかに男と話してれば話題はだいたい決まってたり、ただのおしゃべりができる男ってのもあんまり見たことないけど。
 内容がないとか実のないただのおしゃべりってやつは、男にとって“無駄”としか思えないのかねぇ~。男の脳はマルチに対応できないとか本にもあったのを読んだことあったけども、なんでこうなにかと“女のおしゃべり”とあらば、たいがい眉間にシワ寄せるかねぇ~。
 会話っていうジャンルのなかでは、個人的に一番大事なとこだと思ってるんだが……それに、あれほど楽しいもんないのに。
 まあ、真理ちゃん自身、おもしろいし話しやすいっていうのも大いにあるんだけども。
 もうもうもうもう、ずぅ~っと話の途切れることがない!!
 そして真理ちゃん、よく笑う!! まあ、職業柄だとかそのへんのインサイドな話も聞けたりなんかして。もちろんラジオの話も宣伝兼ねてしといたさ。そのへんは抜け目なくってことで。
 しかしまあ、これだからやめられないのよ、《Chelsea SW3》はさ。
 髪切るのはもうあとまわしでいいから、とりあえずしばらく話しててくださいってお願いしたくなるぐらい楽しいやな。
 とにかく話は途切れることなく、話題から話題へと飛び移り、二転三転してめまぐるしい展開を見せる。
「なんか卵みたいなんですけど、だいじょうぶですか??」
 鏡のなかの自分を眺めて僕はつぶやいた。
「え? ああ、まだすいてないから。とりあえず長さ決めちゃおうと思って。だいじょうぶですよ?」
「そうですか」
「伸びた分ぐらいしか切ってないし。でもまったく同じ髪型はできないですよ?」
「そうですか」
 そしてはたまた話は変わる。
「そういえばわたしたちの写真も載せたの?」
「ええ、もちろん」
「どれ載せたの?」
「あの普通に二人で並んでるやつ」
「あ、ホントに載せたんだ。普通に載せたの?」
「いや、ちょっと加工させてもらったけどね」
「え、なに? 加工って?」
「いや、ただちょっとセピア調にしてみただけなんですがね」
「へぇ~、そしたらかわいく見えるの?」
「ん~、まあ、ちょっとだけ」
「なんだ、ちょっとだけかい。失礼だなぁ~」
「いやいや、違うって。もとがいいからさ」
 とまあ、そんな感じで真理ちゃんとの会話にまず沈黙はない。
 ヨッシーはもうずっとお客さんにかかりっきりで構っちゃくれない。ちょっとセクハラしてみたんだけども、まるで効果なし。
「まさか普通に訊いてくるとは思ってなかったから」
 ヨッシー冷静。
 しまいには真理ちゃんからそのお客さんのお兄さんに“こんな大人になっちゃダメだよ?”とまで言われる始末。
 ほかのお客さんまで巻き込んでの談笑会となるのであった。




 僕の散髪が完了するころ、女性のお客さんが1人現れ、髪を洗ったあと僕がハーブエステをしてるあいだ、その女性はまつ毛パーマを施す仕切りのなかに消えていった。その前になぜ手を洗ったのか疑問だった。
 ハーブエステが終わるとほぼ同時に、ヨッシーが担当していたお客さんが帰っていった。
「いやぁ~、松田くん、ホントお待たせしちゃってすいませんねぇ」
「い~え~」
「じゃあ、流しますねぇ~」
「はいぃ~」
 シャンプー台へ。
「あ、そういえば、美容室で頭洗うとき、脳卒中だかなんだかになるって知ってる??」
「あぁ~……なんか高齢の方とかでしょ?」
「あ、そうそう。頸動脈破裂とか。でもやっぱ知ってるんだぁ。だいじょぶなの??」
「うん。そんな、だいじょぶでしょう」
 ちょっと頭の位置を下げてみる。
「いやぁ~、もう腹へったわ」
「えぇ? なんも食べてないの?」
「おうよ」
「えぇ~、ホントにぃ~? なんで?」
「なんで?? なんでってなんでよ」
「だって1回帰ったんだよね?」
「あぁ~。いやぁ~、帰ったんだけどなんも食わずにやってたんでね」
「え? 帰ってなにやってるの?」
「う~ん……ラジオの編集??」
「え? ラジオ? ラジオやってるの?」
「ん~、まあ。一緒に住んでるやつと」
「へぇ~、そうなんだぁ~。どこでどこで?」
「ん~、インタネットゥ??」
「へぇ~。だれでも聞けるの?」
「うん、聞けるよ」
「へぇ~、すごいね」
「あ、じゃあ今度、うちのラジオにゲストで出演してよ」
「えぇ~」
「いやいや、Chelsea SW3のヨッシーと真理ちゃんでぇ~すとか言えば、わたしのサイトではもう有名だから。見てくれてる人ならすぐわかると思うし。理毛とかの宣伝も兼ねてさ」
「いや、そういうのはムリだと思うけど」
「そっかぁ~……」
「あ、今日って仕事?」
「今日??」
「あ、そう。今日の夜?」
「ああ、ええ。そうなのよぉ~」
「何時から?」
「12時」
「えぇ~!? 寝る時間ないじゃ~ん!!」
「だから帰ったらすぐ寝ようかなんか食おうかどうしようかなぁ~と思って」
「でも寝れないよねぇ~」
「いやいや、ところがバッコン寝れるんだな」
「そうなの?」
「うん。空腹より睡眠のほうが強いから」
「そうなんだ」
 で、そんなこんな話してるうちにシャンプーが終わったらしかった。
「あれ??」
「え?」
「なんか今日、あれ、あのぉ~、親指のやつやってくれてないんじゃない??」
「あ、そうだっけ?」
「うん」
「あ、ごめんごめん。じゃ、やりますねぇ~」
「いや、いいんだよ?? 全然気にしてないからさぁ~。なんかすごい忙しかったみたいだし、疲れてるだろうしさ。そんな日もありまさぁ~ね」
 いやぁ~、親指で額の生え際あたりで円を描くように広がってくマッサージなんだけど、これが気持ちいいんだ。
「シャンプーついてるときにやればよかったね」
「……許す」
「ホントぉ~? やったぁ~」
「いやいやそんな、ケツの穴のちっちぇ~男じゃないさ」
「そうだよね。あ、そういえば今度、やっとうちにもインターネットつくさぁ~」
「あ、そうなの?? ああ、でもそうか。ついてないって言ってたもんな」
「でもどしたの急に」
「いや、別に急にっていうわけじゃないんだけどね」
「あ、そうなの?? あ、ただ機会がなかったというかそんな感じで、前々からそういう予定ではあったのか」
「うん」
「じゃあもうテレビ電話できんじゃん」
「え? そうなの?」
「うん」
「でもそれ、だれでもできるの?」
「できるよ、相手もパソコン持ってればね」
「ああ、相手も持ってればね」
「んだんだ」
 んで、がっつり頭をすすいでもらって、椅子が起きる。まったくもって自力で起き上がろうとしなかったら、ヨッシーが笑っていた。力抜いてくれていいとはいえ、さすがにそういう輩はいないらしいな、やっぱ。
「ああでも、相手の顔見るためにはカメラいるけどね。あ、いや、こっちが顔見せるにはだ」
「ふぅ~ん、カメラねぇ~」
「でも、とりあえず電話にはなるな。だからもう電話いらねぇ~ぜ??」
「あそっか」
「しゃべり放題さ。って、あ、終わりか。なんかいつまでも頭拭いてるからまだなんかあんのかと思って。終わりね、はい」
「あ、うん」
 と、ヨッシーに頭を拭いてもらいながら椅子に戻った。




 椅子に座るとなんかまた新鮮な気分になるから不思議だ。椅子が違うってだけで気分も全然別のものになるんだな、これが。椅子は大事さ。
「松田くんて、カラオケとか行くの??」
「あぁ~、そういえばこないだ行ってきたわ」
「あ、そうなの?」
「うん。でもなんかイマイチだったけどね」
「イマイチ? イマイチってなに?」
「いやぁ~、全然汗かかなかったし」
「え? 汗?」
「うん。そうよぉ~?? カラオケ行ったらもう汗だくよぉ~?? 汗、かかない??」
「そうなの? 松田くんて、歌うの?」
「ああ、メッチャ歌うよぉ~?? え?? なに?? 歌わないと思った?? そんなイメージ??」
 鏡越しに訊いてみる。
「うん。ちょっと意外」
「あそう?? ガンガン歌うよぉ~?? こちらとしてはちょっと心外」
「でも松田くんて、カラオケでなに歌うの?」
「なぁに歌うのってかぁ~……なに歌うか……なに……なんだろう……」
「やっぱ世代もの?」
「世代もの?? なにそれ」
「いや、年代的なものとかさぁ~」
「あぁ~。でもやっぱ自分で歌ってて気分いいもの歌わないとね」
「ああ、そうだよねぇ~。最近の歌、高いもんね。声つらくて」
「ああ、浜崎さんとか??」
「うん」
「たしかにね。でもあんまし歌ってて高いとかって感じたことないんだよねぇ~。男の歌うたっててつらいとか感じたことないんだわ。だからわかんないんだよねぇ~、そういう声つらいとかっていう感覚が」
「あ、そうなの?」
「うん」
「じゃあ、けっこう出るほうなんだね」
「うん~、そうみたいね」
 チラッと鏡のなかで隣の真理ちゃんを見てみるも、まったくこちらを気にとめることなく、担当のお客さんと和気藹々とおしゃべりしながら仕事に励んでいた。
「だから歌うのってなんだろう……」
「へぇ~」
「……やっぱSkoop On Somebodyとかぁ、ゴスペラーズとかぁ ――」
「えぇ~!? Skoop歌うのぉ~!?」
「うん、歌うけど」
「すごくなぁ~い? ゴスペラーズはいたけど、Skoop歌える人ってそうそういないよ?」
「そうなの??」
「うん、いないよぉ~? あ、聴きたい聴きたぁ~い」
「あ、なんか一緒に住んでるやつの話では、おれが歌うとみんなあの人が歌ってるように聴こえるらしいよ? それもどうかとは思うけどね」
 ちょっと気分よくして調子こいてそんなことまでついつい口走ってしまったな。まあ、ウメちゃんの言葉だけども。
「えぇ~!? そう? へぇ~、でもそうなんだぁ~。すごくない?」
「う~ん……んまあ、それはやっぱ嬉しいやな。あとはまあ、ゴスペラーズとか、あと最近ちょっとコブクロさんかなぁ~」
「あぁ~、ゴスペラーズはいいね。でも『永遠に』ぐらいで、さすがにSkoopはいないよぉ~?」
「あらら。でもやっぱSkoop On Somebodyはいいでしょう。はずせないさ」
「うんうん。あれはいいねぇ~」
「あとはまあ、コブクロさんも最近はけっこう多いかなぁ~」
「あぁ~、いいね」
「『ここにしか咲かない花』とかアツくていいやな。あとはぁ~、ゆずとか??」
「え? 歌えるの?」
「うん。『飛べない鳥』とかけっこう普通に歌えたり。声はけっこう高いらしい」
「へぇ~」
「あ、終わり?」
 鏡越しに話しながらドライヤーが終わり、どうやらセットも終わったようにヨッシーの手が止まった。
「ううん。あとはチェック」
「あ、はい」
 鏡のなかでヨッシーがチョロチョロッと髪の毛をイジくる。
「いいね、この髪型。今までで一番いいんじゃない?」
「そう?? やった」
「うん、すごいいいと思う」
「そうかしらん??」
「うん、ホントいいよ」
「やった!! じゃあさ、次また来たとき“じゃあこれの髪型”って言ったらすぐできるように写真撮ってくれない??」
「えぇ~、だってないもん」
「ああ、そっか。ジャンバーの左側に入ってるから」
「あ、うん」
 ヨッシーはいざ俺様のジャンバーへ。左側のポケットから携帯電話を持ってきてくれた。
 閉じたまんま黙って手渡された。
「あ、はい。どうも」
 このとき思ふ。いつも俺様は思ふ。
 なんで開いて使わないのか……
 撮ってって言ってんだから開いて撮ってくれたらいいのに……なにをそんなに気を遣ってくれるんだろうかと。
「はい、じゃあこれで。お願いします!!」
 ヨッシー、アングルを試行錯誤。
 1枚目。
「どう?」
「いいんじゃなぁ~い??」
「うん、いいねぇ」
 2枚目。
「いいねぇ~」
 そして3枚、4枚と撮ってもらった。
 完璧だ。
「松田くんって次の休みいつなの?」
「休み??」
「うん」
「休みねぇ~……う~んと……えぇ~、明日??」
「あ、そうなのぉ?」
「うん~、そうなのよぉ~。明日とあさって」
「あ、そうなんだぁ~」
 お?? 俺様なんかちょっと、誘われてる?? ここでカラオケ誘えってか??
「でも今日バイトだから、早く帰って寝ないといけないんだよねぇ~」
「そっかぁ~。そうだよねぇ~」
「うん~……って言ってもラジオの編集なんだけどね」
「あ、そうなの? でもけっこうちゃんとやってるんだね」
「ああ、やってますよぉ~。音楽は意外とケッコーちゃんとやってるんだぜ??」
「うん~。じゃあ、オリジナルとかないの?」
「ああ。あるよ?? だからゆくゆくは自分らの歌も録音して流そうかなぁ~と」
「あ、そうなの??」
「うん。いや、そうだよ?? そのためのラジオだからね。そんな音楽やらないんならラジオなんてやらないよ。あくまでおれのなかでは音楽のためのぉ、ラジオだからね。結局音楽やらないで単なる趣味みたいな感じで終わるならやる意味ないからね」
「そうなんだ。けっこうマジメにやってるんだね」
「やってますよぉ~、そりゃ。まあ、一緒にやってるやつはバラエティ担当とか言ってたけどね」
 アハハとヨッシーが笑った。
「ああ、バラエティ担当なんだ」
「おれはあくまでミュージシャンとしてやってんだけどね。おれはミュージシャン担当みたいよ?? で、彼がバラエティ担当らしい」
「そうなんだ」
 と、ここで隣のカットが終わったらしかった。
「でもそういう人ってけっこういるの?」
「そういう人?? そういう人って??」
「いや、だから、そやってインターネット上でラジオみたいにして音楽とかやってる人?」
「あぁ~……いるね。ああ、けっこう多いね」
「へぇ~、そうなんだ」
「やっぱ自由だしタダだしね。寒いとかもないし」
「そっかぁ~。でもさあ、ラジオってなにしてんの?」
「あぁ~、ただしゃべってるだけ」
「あ、そうなの?」
「うん。今はね??」
「で、どんなことしゃべってるの?」
「あ、いや、ただダラダラとしゃべってるだけ。特になにかついてとかもなく」
「あ、そうなんだ」
「まま、今はね。だからそろそろ自分らの歌も録音してかないとねぇ~」
「そうなんだぁ~。じゃあインターネットきたら聴くわ」
「おうよ。ぜひとも聴いてやってくれ」
 そこで真理ちゃんがやってきた。ヨッシーもうまいこと話をまとめるなぁ~と関心しきりだった。
「いやぁ~、ホントお待たせしちゃって」
「いえいえ」
「そういえばさっき写真撮ってませんでした?」
「あ、ええ」
「どうしたんですか?」
 その真理ちゃんの問いには、ヨッシーが答えた。いや、真理ちゃんの顔がまずそちらに向いていた。
「いやぁ~、この髪型いいよねぇ~って言ったら、今度来たときすぐあの写真見せればやってもらえるようにって」
「えぇ~? さっきなんて卵みたいって言ってたくせにぃ」
「卵?」
「いや、あれはさぁ~」
「いや、まだすく前で前髪がそろってて、なんか上から乗せたみたいな」
「あぁ~」
「そゆこと」
「でもいいよねぇ~?」
 ヨッシーが真理ちゃんに問う。
「うん、すごくいいと思う」
 まあ、自分で切った頭だし、そこでダメとは言わないだろうけども、言われて悪い気はしないやな。
「いやぁ~、今日松田くん来てくれてよかったよね」
「うん」
「え?? なんで??」
 ってなわけで、その答えは聞けぬまま、散髪終了。




「松田くん、ゆっくりしてくんでしょ?」
「えぇ~?? 帰って寝ないといけないってのに?? 今何時よ」
 真理ちゃんと二人して時計を見に行く。
「あ、もう5時半だって」
「Oh, Fu...」
「来たときは3時とかだったのにね」
「ホントだよ」
 と言いつつも、お会計を済ませ、リュックを受け取ってテーブルの椅子に腰を下ろす俺様。
「とりあえず一服してもいいですか??」
「ええ、どうぞ?」
「あ、灰皿灰皿……」
 カット席にあったそれをヨッシーが持ってきてくれた。
「……まだ入ってるけど」
「いやいや、問題なし」
 “水商売かよ”とちょっとツッコミたくなったけども、それはなぜか僕のなかのなにかが止めさせた。
 煙草に火をつけ、明日に気をつけ。はるか遠くに視線が漂った。
 お会計のときに交わした真理ちゃんとのやりとりが脳裏をよぎった。
「だって、理毛ローション、10人に売ったら9000円だよ?」
「うん。まあ、でもそのへんはさ、とりあえずちゃんと成果出てからってことで」
 う~ん……悪くない話ではあるけども、そこまで成果が出せるかが疑問。しかも、広告ってやつは、サイトデザインに大きく影響するもんだしな。
 顔を上げると、真理ちゃんとヨッシーは後片付けやら、カルテへの書き込みで忙しそう。
 時計を見れば、17時18分。
 とそこへ、真理ちゃんが“Hena”の袋を持ってやって来た。
「あら?? もう閉店??」
「ううん。まだですよぉ?」
「なんか急に静かになったね」
 煙草の紫煙が寝不足の目に染みた。殊更独りを感じたひとときだった。
「……あ、今日、お弁当買ってきたんだよ?」
 ふと、ヨッシーの声がした。
 顔を向けると、カウンターの奥でお弁当を2つ両手に掲げるヨッシーがいた。静かにカウンター上に並べられ、そしてそれをカウンターに寄しかかるように覗き込む格好の真理ちゃん。
「あ、松田くん、半分食べてけば?」
「へ?」
 まあ、僕もとりあえずそちらに歩み寄って行って覗いてみた。
「五穀米? あ、ダメ?」
 とのヨッシーの問いかけに、真理ちゃんは斜めに首を振っていた。
「食うねぇ~。これ全部一人で食うの??」
「え?」
「これで一人前??」
「まさか」
 ちょっとどっちか1つもらえると思ってしまった自分が恥ずかP。
「あぁ~、でもコンビニ弁当はちょっと」
「あ、コンビニじゃないよ、これ? 日清のお弁当だよ?」
「“ニッシン”て?」
「いや、日清は日清でしょ?」
「ああ、カップヌードルの?? あ、そうなの??」
「うん」
「いや、ああ、でも、やっぱりいいや」
「なんで?」
 そう怪訝そうに顔を向けたのは真理ちゃんだった。
「いや、固そうだし。歯に悪そうじゃん??」
「歯? え? なんで?」
「ああ、松田くん、親知らず抜いたんだって」
「あぁ~」
「それで慎重になってるんだって」
「そゆこと」
「だからだいじょうぶだって」
 真理ちゃん、かるくご立腹。
 まあ、たしかに女性からのお食事のお誘いなのに、断る男がどこにいる!? 言語道断、香港横断!! まったくもってけしからんばい。
「でもまあ、寝る時間もあるしってことで」
 しかしながら、お会計のとき、あっさりと真理ちゃんに“寝る時間あるじゃ~ん”と一蹴されたんだが。
 そのころにはもうすでに僕もジャンバーを着ていて、手袋もはめ、リュックをしょっていた。
「まあ、お二人でゆっくりと」
 とその言葉を受けてかなぜか、真理ちゃんがカウンターを離れて帰ろうとする僕のほうへと歩み寄ってきた。そして言った。
「……帰るの?」
 Oh!! なんと!!
 男の心の表面をコーティングした薄膜をいっぺんにひっぺがしてしまうほどの魔力を秘めたあの表情で!!
 真理小悪魔也。
「あ、いや、あ、うん。帰ります」
「そうなんだ」
 またしても!!
 かろうじてそう答えられたのは、天使より睡魔のほうが、その魅惑のオーラで俺様の脳髄を覆い尽くさんばかりだったからだ。
 そして俺様はうしろ髪と背毛をも引かれる思いでお店をあとにした。
「それじゃ、お先に失礼しまぁ~す」
 冬の夜風は、厚く着込んで隙間もないほどと思っていたそこに吹き込んできた。




 とまあ、そんな感じで、昨日、いや、もうおととい。
 しっかし長ぇ~……よくもまあ、こんなに書くもんだな、俺様。ホント日記だし。
 それでだ。
 なにが一番の出来事だったかというと、バイトに行く途中、いつの間にか落としていたケータイが車道と歩道の隙間で大破していたことだ。
 バイト先に着いてふと左のポケットに手を突っ込んだら、そこにはライターしかなかった。バイトも構わず探しに行くと、それはそこで木っ端ミジンコの10歩手前の状態で夜の大地にひれ伏していた。
 煙草も一緒に消えてたけども、それはもうケータイだけ見つかったので、なんのためらいもなく切り捨てた。
 まあ、問題なく使えるからいいけども、美しいフォルムには、小さな傷でもよく目立つもんだ。
 せっかく……

  • December 8, 2005 5:23 AM
  • 松田拓弥
  • [ ゲロ古 ]

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Roo December 10, 2005 1:18 PM

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おソロなのに?(笑)

Takuya December 10, 2005 3:12 PM

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 あ、おソロなんですか??

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