- nervi -

 そして今日は、神経を抜いてもらった……
 左側の上、奥歯の一本手前の歯の神経をやってもらった。
 ここへきて、いよいよ麻酔がきかない体なんだという説に信憑性が付帯したようだ。
 本当に、効かない。効果なし。
 今日なんぞは、3本も打ってもらった。
 1回目はまったく効かず。
「麻酔効きはじめるまでちょっと時間かかりますから」
 そう言われて、ちょっと以上放置された。
 まあその間、歯科衛生士さんかなんか知らんけど、超美白で可愛らしげな女の人とフレンドリーにしゃべれたわけだから、言って来いでチャラとしよう。
「もう逃げ出したいぐらいですか?」
「ええ、もうとっとと帰りたいです」
 美白さんは笑っていた。
「あのですね」
「ええ」
「麻酔が効かない体らしいんですけど、そのへんはだいじょうぶなんでしょうか??」
「あ、そうなんですか? 今、どんな感じですか?」
「ああ、今ですか?? え~っと……なんか、歯が抜けそうな感じです」
 また美白さんが笑った。
 とはいえ、僕がそちらを向くと、すぐに目を背けて、一度たりとも視線が合わなかったのは言うまでもない……
 でもいいねぇ~……いいですねぇ~、やっぱり女性の笑顔は……なぜか不思議と浅くとも安心感が芽生えてくる。言うなれば、晩夏のたんぽぽの上で無音の夜空を眺めてる感じだ。




 しかし、最初のキュイーンで早速痛い……ズキーンだよ。
 歯医者さんも思いっきし覗きこんでるから、左手の人差し指がピンコ立ちでも気づかない気づかない。
「……あ、あの??」
「あ、痛かった??」
「ええ、バッコシきてます」
「ああ、ホントに効かないんだねぇ~」
「ええ、とっても」
 始まる前、歯科衛生士さんと話してるあいだにそのことを言ってみた。そしたらちょうど担当の歯医者さんが来たんで言ってくれたらしい。
 すると、“下の歯の場合、そやってまったく効かないっていう人もいるけどね”とのことだった。
 しかし俺様は、以前も上の歯だったのだよ……しかも、その手前の歯。ほぼ同じ箇所である。
 するとどうでしょう。
「え? ホントに?」
 お医者さんもビックリです。そう、ビックリなんです。
 ええ、ホントに麻酔が効かないらしいのです。
 しかしながらこの歯医者さんは話せる方で、あっさりとこの俺様のすべてを受け入れてくれた。
「いや、だいじょうぶですよ。効くまで打ちますから」
「よろしくお願いいたします」




 最初の1本目のときからそうだったんだけども、歯科衛生士さんが両脇を固めてくれて……
 手でもにぎっててくれるんならまだしも、ただじっと見下ろしてくれるわけよ。
 すっごいイヤ。
「ごめんねぇ~。じゃ、ちょっとだけチクっとするからね」
 ホントにチクっとした。麻酔打ってんのに。
「あ、痛かった?」
 1本目のときなんぞ、正直に答えたもんさ。
「ええ。ホンット、ダメなんですよ……」
 だから歯医者って嫌いなんだよ。
 でもまあ、だからこそもう恥も外聞もお構いなしで、ここぞとばかりに自分の弱い部分さらすんですが……
 うがいするたびにため息をつき、なにかするたびに“痛いですか??”と確認して、“虫歯”と言われるたびに、どこか遠くへと視線が飛んでくんです。
 しかし、なにが一番イヤって、かわいい女の人たちに自分の口のなかを覗きこまれるっていう、それ。
 口のなかなんざ、それが生き甲斐ってなぐらいに手入れでもしてなきゃ、そんなきれいなもんでもないだろうし、実際そんなチャームポイントなんて言えた場所でもないし。
 歯磨きはたぶん人一倍してるだろうし、ナイトケアも毎晩してるけども、汚いというか良くないから歯医者さんに行ってるわけでさ……
 歯医者さんと女性患者さんってのはよく聞くけども、歯科衛生士さんとその男性患者ってのは、まず可能性的にゼロと等しいんじゃないかと思われるわけだ。
 根性ない上に、そんな口のなかばさらしてるわけでさぁ~ね。
 いくらかわいい人がいようとも、とりあえずは目の保養とかひとときの安らぎぐらいなもんで、恋人候補だとか恋愛対象だなんて見れない人たちなんだろうさ。
 しかしねぇ~……
 歯医者さんなんて、かわいい看護婦さんとかでもいない限り、通おうとか思えないとこだもんなぁ~。
 そういうのが人一倍強い動機の持ち主なんで、余計にそうさ。
 まあいいさ。




 3本打ってもらってやっと感覚がなくなったころ、僕の歯も大部分が消えていた……
 歯の喪失って、ホント喪失感デカいな。
 そこにあいた穴に突っ込んだベロと一緒に吸い込まれてくかのようだ。その深い深い闇のなかに。
 で、治療も終了。
 待合室のソファに腰を下ろした途端、もうそこでぐったりだよ。ほかにも何人かの人が待ってたのもお構いなし。
 ちょっと経って名前が呼ばれて受付に行った。
「だいじょうぶですか?」
 すかさず受付のお姉さんが気遣ってくれた。
「気分悪いですか?」
「あ、ええ、まあ……ショックなんです」
 受付のお姉さんが笑った。
 で、お金を払う。
「それで次回なんですが……」
「最短で」
「あ、最短ですか……でも今回のお薬の経過なんかもありますんで、最低3日ぐらいはあけないといけないので、木曜日とか金曜日はだいじょうぶですか?」
「はい」
「どちらにしますか?」
「最短で」
「では木曜日の11時からでだいじょうぶですか?」
「ええ、バッチリです」
 そうと決まった。
 歯ブラシも買った。
 ここでは“ソニッケア エリート”っていう超音波歯ブラシも売られてるんだけども、それは高い。
 前々から夜の通販番組で見てて、メッチャ良さそうな感じだし欲しいと思ってはいるんだけども、高くて買えない。
 たしかイチローとかなんとか会館の館長さんも愛用してるとのこと。
 歯は大事だな。




 嗚呼、女性の笑顔に囲まれるってのは、こんなにも幸せな気分にさせてくれるんだなぁ~……
 嗚呼、こんな日々に感謝です!!
 ≪ルーシー歯科医院≫万歳!!
 今後ともお世話になります。よろしくお願いいたします。
 かわいい人がたくさんです。
 不純かつ不届きな男性諸君にオススメです。もうここ以外行きたくないです。




 しかし、なんだこの痛みは……親知らずより痛ぇ~よ。
 帰り際に歯医者さんが“痛み止めはあります?”って確認した真意がやっとわかった。身をもってわかった。知らしめられた。
 おかげで今日の夜ご飯は、はちみつを溶かした牛乳です。“ハニーミルク”だ……なんとなくヤラシくも美しい。
 で、うまい!!
 しかしこんな流動食ばっかだなぁ~、最近……スプーンいらずのヨーグルトとか。
 ま、世の中には水にはちみつ溶かしこんだやつだけで生きてる人もいるってなわけだし、俺様も死にゃ~しないだろう。
 とかなんとか言ってはみても、痛ぇ~もんは痛ぇ~。普通にご飯も食べたいさ。
 でも感謝だ。
 なにごとも感謝の気持ちだ。
 その気持ちを忘れずに……

  • November 28, 2005 5:40 PM
  • 松田拓弥
  • [ ゲロ古 ]

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