官能味わう真昼の夜の夢。

「……嗚呼、拓弥……」
 少し肌寒いベランダの隅で、君はそう激しくキスをしてきた。
「……好き……大好きよ」
「おれも好きだよ。おまえのこと、大好きだよ」
 何度も何度も唇を押しつけられて、それを押し返すように君の唇の上でおれの唇を歪めた。肩にはまだ少し届かないぐらいの髪の毛を両手に挟んで、ザラつく壁に君を押しつけた。
 今唇の隙間から一瞬漏れて途切れた吐息は、君の荒い呼吸なのか背中をぶつけた振動だったのかも構いやしない。
「拓弥、愛して……ねぇ、もっと愛して」
 君はそこでふと唇を離した。
「ねぇ、愛してよ……」
 そうつぶやいて体を密着させたかと思うと、君の小さな顔は、おれに向けた視線が尾を引くように下りていった。


 少し赤茶けた君の髪が風に揺れた。
 おれはベランダの手すりに一歩後ずさった。黙って君の頭を見下ろすしかできなかった。
「………」
 胸のあたりで顔を上げたまま、無言で君はおれのベルトをはずしていく。金属のぶつかり合う乾いた音さえ滴るような濡れそぼった響きに変えて。
 風がさっきそうしたように、片腕がはずれたベルトをまわって、君のその手が静かに腰を引き寄せたとき、おれが見上げた天井は薄汚れていた。掃除なんてしてるはずもなく、垢のように黒ずんでいた。
 でもすぐに目を閉じた。暗闇でもなく、かといって眩しいわけでもない。まぶただけが遮る陽光が透けている。
 聞こえてくるのは、3軒隣で咆えつづけている犬と君が立てる音だけ。かすかな風は君がもうかき消している。
「ねぇ……」
 と君の声が聞こえて目を開けると、手が感じるのと同じ肌寒さをゆっくり断片的に感じた。
 髪が揺れたせいかもしれない。少し平衡感覚を失ったせいかもしれない。
 どちらからともなく、君は背中を向けて、腰に添えられていないもう片方の腕をつかんで、君の背後の手すりをつかませた。そして、君の丈の長いスカートに手だけ突っ込んで下着をおろした。
 君はずっとこっちを見つめている。
 見つめ合ったままスカートの裾をまくり上げると、君のレースもないシンプルな赤い下着は膝のところに引っかかっていた。
 もう一度、背後から君にキスをしようと体を密着させたとき、かすかに互いがにじませる欲望に触れた。
 君の唇を離れておれの唇が君の背中をおりていくとき、遠くでかすかに鐘が鳴りだした。
 そこでおれは上体を起こした。
「嗚呼……」


 ── “16:49”


「バカぁ~!! まだ早ぇじゃ~ん!!」
 開いた携帯電話をまた閉じて、たたきつけるようにぶん投げた。
「バカヤローが」
 トーゼン俺様、また寝て夢の続きを見ようとしまさぁね。
 そらアータ、いざこれからって瞬間の次の瞬間にはもう、まっただなかになるっちゅー瞬間だもの。そら男だもの。“据え膳食わぬは男のマジ”だもの。“箸を据えた女の開き”だもの。“おかず”じゃなくて、主食だもの。
 そら夢のなかで上体起こしたいじゃない。


 しかし、寝れども寝れども突つきは見れず……


 Oh, My!!


 いやぁ~、前は自由自在に夢の続き見れたのによぉ~!!
 最近あんまガッチリ寝れてなかったし、続きが見たくなるような夢見てなかったからかねぇ~。
 すっげぇショック。ひさびさに寝起きから嘆いたわ。


 “夢は記憶の整理”という説があるらしい。
 が、しかし、夢のあの人は知らない人。幼稚園からの記憶にもない。
 場所も知らない場所。すべてが微妙に合致してない。
 少しずつ違ってた。
 昔、小学校6年生のときに住んでた実家によくよく似てた。俺様の部屋の窓から出たら、あんなようなベランダがあった。で、その向こう側に広がるごくごく小規模な畑の茶色も一緒。犬の鳴き声の聞こえ方も、ベランダの壁の色も、天井の汚さも、床も、道路側に見える家並みも同じ。
 でも、部屋からそのベランダに出る窓の桟が違った。クソ寒かったから、夢のなかぐらいってことで二重サッシにしたんだろうか。
 でもあったかかったしな ── まるで必要ねぇ。
 ってゆーか、舞台はベランダしか見てねぇ。その前まで部屋のなかに入ってて、出てきたってわけでもねぇ。
 ムダなオプションつけてんじゃねぇよ、おれ。
 まあ、全部一緒だったからってどうなるってこともないんだけどさ。


 “夢は無意識の表れ”という説もあるらしい。
 あれが無意識?
 オイオイ、勘弁してくれ。
 意識のなかにしっかりがっつりあるっつの。
 んじゃ“正夢”なんざ、無意識下にある憧れみたいなもんじゃん。いやいや、ただの“デジャヴ”としか言えねぇかな。
 いただけねぇ。


 エロい夢ってのは、これまでにもけっこう見てきた。
 それはそれで“ああ、またエロいの見たな”ぐらいで終わってた。
 でも今回のこの夢は、なんだかやけに気になる。
 出てきたいい匂いの女の人もまったく知らない。
 年は23歳ぐらい。短大卒業して、就職活動は一応続けてはいるんだけど、実は本当に自分がやりたいことってのが自分でもわかってなくて、ダラダラなんもしないでいるっていうのもヤダって感じ。
 中学んときに入った部活は水泳。でも、必要以上に筋肉がついちゃうからってだけで、スタイル維持程度にしか出なくなってった感じ。なので、ムダ毛の処理もバッチリだ。
 肌は白い。かなり白い。きっと、たかが春の紫外線でも“CELLAJUER”の“パーフェクトUVホワイト”使ってんな、ありゃ。
 オシャレではあっても、服とかにはたいしてお金かけてないっぽいんだけど、化粧品とかお肌はメチャメチャお手入れされてる感じがした。並の肌じゃねがっだ。間違いねぇ ── 雨のように透き通ってて肌理細やかだった。
 でも、そんな人は記憶にかすめもしてない。


 あんた誰だよ。
 誰なんだよ。
 いや、マジで。


 まあ、誰でもいんだがよ。
 たいして可愛かったわけじゃねぇ。
 ただなんとなく、なんかやけに艶めかしい雰囲気かもしだしてた。
 だからどうってこともない。
 でもゲキマブだった。
 とはいえ、実際どっかですれ違ったところで、そんときには忘れてんだろうな、きっと……しょうもねぇ。


 “人間としての品”と“女としての品”は、たぶん別モンだ。


 あそうだ。
 性犯罪者って、エロい夢見ねぇんだそうだ。そんな統計が出てるらしい。
 ってことで、俺様はだいじょぶだな。犯罪に走るジャンルとしては、ちと自分へのリスクがデカすぎる。
 現実より、時には夢のままで見てたほうが楽しいことってのもあるもんだ。
 人間のなかに眠る“美”ってやつは、その人が抱くイメージに勝るもんはねぇ。
 これは間違いねぇ。

  • May 1, 2007 1:55 AM
  • 松田拓弥
  • [ ゲロ古 ]

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