今日は俺様の30歳のバースデイ。

──── 今年の誕生日は、30歳になるわけだし、なにかお互いの心に残るような素敵な誕生日にしたい。

 だから、“ 俺様の命感謝デー ” ということにした。

 プレゼントを渡す。百円均一で買った525円の腕時計。
 そして、おれと、家族一人ひとりに、それぞれ直筆で書く初めての手紙を添えて。


 手紙は、本当に渡しに行く時間なんてあるんだろうかっていうぐらい、時間がかかると思ってた。
 なにせ、学校の行事でもなんでもないのにペンをとるなんて、俺様にとって生まれて初めてのことだ。今の状態になってからなんて、絶対にない。
 姉ちゃんには昔、入院してたときのお見舞いとして、『待つ』っていうタイトルをつけた詩を書いて渡したことがあった。
 でも今回は、わけ違う。
 姉ちゃんへの手紙じゃなく、俺様からの手紙。書く前から気が狂いそうだった。

 書き出す前に、ルールを決めた。
 とにかく、1枚に書く。
 途中で字を間違っても、絶対に捨てない。グチャグチャのまま渡そう。

 紙は、そのままプレゼントの包装紙に使うからってことで、スクラップブックを破ってものにした。
 普通紙だと、表も裏も真っ白で、なんとなく清潔感がありすぎるような気がした。


 まずは親父。
 最初っから、いきなりハードルが高い。
 もう何年も会ってないし、連絡もとってない。最後に会ったときも、実家にいたときの言葉がなんとも重かった。
 ……いきなり失敗。
 そっから書き出したら、絶対に5枚以上になる気がした。
 絶対のルールは、“ 1枚におさめる ” こと。言葉を間違ったんじゃなくて、伝えようとしてることがあまりに多すぎた。

<素直に思ったこと書けばいいや>

 親父が大変なとき、まあ今もそうだけど、おれはいつも自分が好きなこと、自分がやりたいことしかしてこなかった。
 でも、そんなおれも、まわりの人から少なからず “ ありがとう ” と言ってもらえる人間になった。
 だから今、親父にも言いたい。
 ありがとう。


 次に母。

 もう30歳。
 もう離れて暮らしてるほうが長くなってしまったかな。
 でも、なんだかんだであーちゃんが一番ちゃんとおれのことを理解してくれてるのかなと思う。
 おれもやっと、この年になって理解するっていうか、認められるようになったのかな。
 だから、ありがとう。
 今日は、“ おれの命感謝デー ” っていうことにした。
 おれはなにより、この命を大切にするから。


 最後に姉ちゃん。

 おれは、なんだかんだで、親父たちから逃げだしたんだと思う。
 ごめん。
 30歳になって今、素直なところを言ってみる。
 こんな弟を許してほしい。
 おれは、姉ちゃんの強さと、その優しさに憧れてる。
 おれの姉ちゃんでいてくれて、ありがとう。

 会いに行く順番に書いていった。
 たしかそれぞれに、そんなくだりで書き出したと思う。あんまり憶えてない。
 写真でも撮っときゃよかったかな。

 まま、意外に、1時間もかからず書き終えた。
 前の日も二時間しか寝てなかった割に、俺様のペンは饒舌に語った。書きはじめたら、なぜだかものすごく脳ミソがすっきりしてきた。
 そしてそれぞれの手紙の裏には、この安もんの時計にこめた思いも、それぞれへの言葉で書き添えた。

 有名なブランドじゃないし、525円なんてすごく安い。
 でも、今でも、そしてこれからもずっと均一の絆で結ばれてると信じてる。
 この時計は、おれの家族4人、みんなが持ってる。
 おれにとっては、なにより大切なブランドだから。
 それは血じゃなく、それが家族としての想いだから。

 その包みは、4本の輪ゴムで、それぞれにクロスして重なりあうようにして止めた。

 思いのほか時間があまった。
 頭をワックスでセットしたり、たかが1時間のあいだに、4本ぐらい煙草を吸ったと思う。

 最初は親父 ────
 何年も前に会ったっきりだ。連絡もとってない。
 実家を出て、それからしばらく経って、とある用事で親父がうちに来たとき以来。それを抜けば、9年ぶり。いや、6年か。

 その年月は、自分が思っている以上に長い。老化は、それ以上に早い。
 ひさびさに会ってみたいという気持ちはあったけど、あの精悍な親父の変わり果てた姿を見る怖さもあった。
 ひどく緊張した。
 家を出る前から、ずっと俺様の心臓はドキドキしっぱなしだった ────


 親父に会いに行く。
 一緒に住んでたころの記憶を頼りに、仕事前、8時ごろに着けば、親父もまだ家にいるだろうという見当で自転車をこぐ。
 ちょっと早く着いてしまう。

 玄関の外のドアを開けて、左手の壁についてるチャイムを鳴らす。
 ちょっと経って玄関が開き、真っ白なTシャツとパンツ姿の親父が顔をだす。
 親父が俺様の顔を見て、一瞬空気を飲みこむ。
「………」
「おう」
 必要以上の気軽さで俺様が声をかける。
「ひさしぶり。親父」
「お、おう……まあ、入れや」
 途中で一度止めて手の位置を変えながら、もう一度親父がさらに大きくドアを開いてくれる。
 俺様はなかに入っていく。
「おう。よく来たな」
「ああ」
 親父と握手を交わす。前にちょっと寄ったときもそうだった。
 実家のにおいをかぎ、玄関の靴を眺め、そこから居間へとつづく短い廊下の先にある居間のドアを見やる。その上の天井の修理跡を確認する。
 昔、大雨だったとき、寝てるといきなり階下でズドーン、ジャバーってものすごい音がした。慌てて見におりて行くと、廊下が水びたしになっていた。天井の1メートルぐらい、廊下の5分の1ぐらいのタイルが、丸ごと床に落ちて俺様の足もとまで濁流で流されてきていた。
「おまえも来るんなら電話ぐらいよこせや」
「あ、わりぃ」
 俺様も親父のあとから居間に入る。

 あまりにもすたれた実家の居間。
 病的に几帳面で、掃除には口うるさい親父のことだ。ある程度きれいにはしてるだろうと思っていた。
 親父が、昔と変わらずテレビの前に並べられたソファの左側、テレビの画面と向かい合う側のソファに腰をおろす。
 俺様はその真向かいとは一つずらした位置に座る。背負ってきたリュックを、親父とは反対側のソファに置く。
「誕生日、おめでとう」
 親父がソファから少し身を乗り出して俺様のこの日を祝ってくれる。
「ああ、ありがとう」
「元気にしてんのか?」
「ああ。めちゃめちゃね」
「そうか。ならいんだ。それにしてもひさしぶりだな」
「ああ」
「でもおまえの誕生日だべや。どしたのよ」
 親父は、実はよくしゃべる。俺様とは違う。
 彼は根っからの社交人だ。そして、本人も楽しみながら人と言葉を交わす。人を楽しませるのもうまい。
「ああ、だから来たんだよね。今日は」
 親父はわけがわからないという表情を見せる。
 俺様はリュックから包みを取り出す。
「はいこれ。おれから」
「なによ」
 親父は、驚きだけを俺様に見せて、嬉しさは静かに引っ込めるように俺様からそれを受け取った。
「開けていいのか?」
「いや。まだ」
「なんでよ」
「おれが帰ってからしてくれ」
「なんでよ」
「恥ずかしいべや。おれが帰ってから開けて一人で泣けや」
 親父のほうが照れたように笑う。
「今日っておれの誕生日じゃん?」
「ああ」
「だから」
「あ? おまえの誕生日だからこれくれるのか? なんでよ」
「おれが生まれてきたことへの感謝の気持ち。そういう誕生日もあっていいんじゃねぇのかなと思って」
 親父が嘲笑のように鼻を鳴らした。それから、少し視線がうつむいた。
「おう。そうか」
「うん」
「ありがとう」
「いや」
 俺様はリュックのチャックを閉め、おもむろに立ち上がる。
「なによ。ゆっくりしてかねぇのか」
「ああ。ほら、あと詰まってるから」
 俺様は腕を人差し指でかるくたたく。
「それに、そろそろ親父も仕事だべ? おれ、帰るわ」
「そうか」
 まだ座ってる親父を残して、俺様は居間のドアに向かって歩きだす。

「また来いよ」
「ああ」
 俺様は玄関で靴を履き終え、親父を見上げる。手には俺様が渡した包みを持っている。
「そのうちな」
「おう」
 親父が手を差し出してくる。おれたちはまた握手をする。
「んじゃ」
「おう。ありがとな」
「ああ」
「んじゃ、またな」
「ああ」
 親父は別れるとき、絶対に手を振らない。ただその場に突っ立ったままで見守っている。


 母親の家の記憶があまりに曖昧ではあるものの、なんとかたどり着く。
 でも、アパートの前に着きはしたものの、部屋の番号がわからない。やむなく俺様は母親に電話する。
「もしもし?」
「あ、おれだけど ────」
「おはよう」
「あ、おはよう」
「どしたぁ~?」
 俺様の母親は、普段はテキパキきっちりとした口調で話すけども、俺様とこういう状況で話すときは、必ず語尾が伸びる。ルンルンなんだな。
 事情を説明すると、部屋のドアから母親が顔をだす。
「えぇ~!? おまえ、なにやってんのぉ~」
「来た」
「それはわかってるっつのぉ~。ほら、入りなぁ~」
「ああ」

 居間に入ると、俺様が生まれたときに住んでたアパートの一室と同じ感じがする。そこには “ 生活 ” があって、肌で感じる優しさがある。
 そこには姉ちゃんもいる。
「あ、たっく~ん」
「おう」
 母親に顔を向けると、そんな俺様たちを笑いながら見ている。
 目が合う。すぐに険しい表情になる。
「座りな。ほら」
 母親はいつもそうだ。嬉しさが心配の上に重なって、どちらもが同時に表れる。
 俺様が小さなテーブルのそばに座る。
 姉ちゃんは向かいに座ってこちらを向いている。隣には、今まで母親が座っていたと示すように、テーブルのそこにコーヒーカップが置いてある。ブラック。
 そのへんは俺様は、母親からの遺伝子は受け継いでない。
「来るんだったら電話ぐらいよこしなさいよね」
 ここへ来ると、どこぞのアイドルかよってなぐらいの待遇。全国民の最大の娯楽であるテレビに勝ち、みんなが俺様のほうに体の向きを変え、俺様を中心に取り囲む。
「ああ」
「こっちなんてまさか来るなんて思ってないから、なんも支度なんてしてないし、ビックリするじゃんよぉ~」
「サプライズ」
「なんだそれ」
 そこからしばらくは、いつもどおりの母親から質問に答える。
 元気にしてたか。風邪はひいてないか。仕事は順調か。ちゃんとご飯は食べてるのか。
 そして、その答えもいつも同じ、すべて “ イエス ”。

「拓弥、誕生日、おめでとう」
 母親が一つひとつの言葉を噛みしめるようにゆっくりと言う。
「ああ、ありがとう」
「たっくん、誕生日おめでとう」
 姉ちゃんの口調はいつもと変わらずあっけらかんとしている。
「ああ、ありがとう」
「でも誕生日だぞ? どうしたの」
 母親が笑いながら言う。
 姉ちゃんが言葉を継ぐ。
「彼女いなくてまた一人なのかい」
「いや」
 俺様は近くにおろしたリュックを引き寄せる。
「そうじゃないさ。今日は違うんだな、これが ────」
 母親と姉ちゃんの顔とを見比べながらジッパーを開ける。
「──── 今日は、おれの誕生日だから来たんだな」
 二人ともわけがわからないといった表情をしている。
 俺様はさらに続ける。
「んまあ、じゃあ先に……」
「……はいこれ」
 二つの包みを同時に取りだし、“ 姉 ” と書いたほうを姉ちゃんの前に、そして “ 母 ” と書いたほうの包みを、母親の前に置く。
「え? なにこれ?」
「タク、なに」
「いやね? 今日っておれの誕生日でしょ? だから、今日は “ おれの命感謝デー ” ってことで。家族におれからプレゼントをと思ってね」
「えー」
 二人は同時に、渡したプレゼントから俺様に視線をあげる。
「男前だろ?」
「いやぁ~、男前だわ」
「たっくん、これ開けていいの?」
「ノー。帰ってからにしてくれ」
「はい」
「あ、そういえば ────」
 母親の表情がまた変わり、思いだしたように言う。
「──── タク、ご飯食べたのかい?」
「いや」
「またかい。ちゃ~んと食べなきゃダメだって。じゃあ、なんか作るかい?」
「ああ、じゃあ、いただこうかな」
 そしてひさびさに母親の手料理を噛みしめながら、姉と母と息子と弟でゆっくりとのんびり談笑する。

 この日は陽が落ちてからの帰宅。
 俺様の家族にとって、そして俺様にとっても、お互いの心に一生残る素晴らしい一日なのである。


 そう、30歳の誕生日はそんな素晴らしき日に、そんな一日に、そうなる予定だった。
 そうなるはずだったのに ────────

 俺様が立てていたこの日の予定は、すべてが予定外となった。
 手紙の部分はそのままだけど、それ以外は、すべて “ スカ ” った。

 先日なおした自転車のクランクが、またはずれた。
 親父の住む実家に向かう途中、またペダルがぐらついてきて、インサイド・キックしながらの走行を余儀なくされた。
 その甲斐あって、地面にはずれて落ちるということはなかったものの、親父のうちに着いて確認したら、またはずれた。

 しかしながら、クランクははずれたものの、そこは機械工の息子。親父さえいれば、≪ホーマック≫ばりの工具がそろう上、プロの手で修理してもらえるわけだ。親父は元自転車屋さんだったらしい。

 それがすでに、この日の俺様を示唆していたのかもしれなかった。


 まず、親父が消えた ──── いや、消えたかどうかもわからない行方不明の状態。

 実家は、俺様の予定以上にすたれていた。
 実家の前に着いてまわりを見れば、あるはずの車2台がなかった。
 玄関先の階段や庭では、種も世話も必要のない草花がボーボーに伸びたい放題育ちまくってて、玄関フードのガラスは割れていた。ガムテープを内側から貼って、そこにすのこを立てかけてあるだけというお粗末な処置。
 外観だけで、荒廃しきっている中の状態が想像できた。すたれているというよりは、すさんでいるという感じ。
 それは、まるでにおいのように、肌で感じられるものだった。

 でも、なにより一番ショックだったのは、玄関先のところに貼られていた会社名の入ったプレートが、その痕跡だけを残してはずれていたことだった。
 そのときすでに、“ あ~、もう親父、いねぇんだな ” っていうのは、感覚的に察知していた。

 それでもとりあえず、一つなかに入ってみた。
 においは腐ってなかった。異臭もない。
 視線を移すと、左側のチャイムには “ S ” というシールが貼ってあった。なんかイヤな予感がした。
 ダメもとで、一応押してみた。
 沈黙。
 もっかい押してみた。さらにもう一回押してみた。
 結果は同じだった。
 押し開けた郵便受けに耳をあてて、もっかい押してみた。やっぱり、なかでは物音一つしていなかった。

 家の前に立った瞬間から始まっていたドキドキは、家を出るときのそれとはまるで異質のものだった。

「はぁ? どうなってる?」
 玄関先のスペースから、また外に出てみた。

 あまりに不自然。
 家具はすべてある。それぞれの部屋の窓にはカーテンがかかっている。玄関先には壊れた真っ赤な傘やバラの花があり、郵便受けから覗いてみれば、いくつかの靴があって、その奥には新しい花が飾ってあった。
 壊れた天井もなおってなかった。
 中から漂ってくるにおいも、花のそれなのか、女の家のようないい香りだった。
 遠くて確認はできなかったけども、見た限りでは寝室の窓の鍵はあいてるし、トイレの窓の鍵もあいていた。玄関の鍵以外、全部あいてたわけだ。
 でも、そこに人間が住んでいる雰囲気がまるで感じられないのである。

 いやはや、やっぱり俺様ってビョーキなのかねぇ~……
 そんな光景が実家を取り巻いていたにも関わらず、内心ではワクワクすらしてたわけだ。

 家の横にまわる。玄関先同様、いや、それ以上に草がボーボーだった。
 それでも塀を伝って奥に行って、家の裏手にまわってみた。
 衝撃的だった。不安という衝撃に全身を殴られたような感覚。
 裏の庭も草がボーボーの状態で、居間から出られるベランダの外階段には、女もんの靴が数足。スニーカーに、ローファーに、スリッパ。明らかに、そこから中に戻ったというつま先の向き。
 スコップ。バケツ。

 一瞬にして俺様の妄想が大爆発。
<まさか……埋めた?>

 不安でしょうがないであると同時に、すこぶる楽しくもなってきてた。
 塀からそっち側に飛び移って、手すりを越え、コンクリート・スペースの上に立つ。
 靴は雨ですべて濡れていた。スニーカーの踵はつぶれていた。
 ベランダの窓は、開いていた。もう一枚の窓も開けようとしたけど、そちらはさすがに閉まっていた。
 俺様がいたときの記憶どおりなら、仕事の部屋だった窓を外からノックしてみた。もちろん返事はなく、突然カーテンが開くなんていうスプラッター映画的なサプライズもなし。

 また家の表に戻って、玄関先に入った。
「すいませぇ~ん」
 郵便受けから呼びかけてみた。
「あのぉ~、ごめんくださぁ~い」
 静寂。
 諦めて、外の階段の手すりからトイレの窓を開けてみた。窓は全部開いた。
 中を覗いた途端、くらくらした。
 明らかに人がいた形跡。
 設えた棚の上には、使い終わった芯が混ざるトイレットペーパーの袋があり、トイレ掃除用の洗剤が並んでいた。灰皿には煙草の吸殻が数本押しつぶされていた。
 そして俺様にとっては新鮮なもの、棚からプラスチックの鎖が伸びていて、その先端には黄色いバンダナかなにかが結ばれていた。なにかが入っているのか、ただ結んでいるのかはわからなかった。

 あまりに不自然。まるでミステリー。
 階段の手すりからそのまま転落事故を起こしたい衝動に駆られた。

 車庫。
 恐ろしささえ感じつつも、親父たちの寝室の下で閉じているシャッターをあげてみた。
 驚愕。
 すっからかんの車庫。ムダに広すぎるスペースがそこにあるだけだった。
 冬になると、毎年近所の人の分まで除雪するのに親父が使っていた除雪機。
 明らかに使ってそうな感じじゃなかったけど、そのすぐそばにスパナとかの工具が、きちんと並べられていくつか置いてあった。
 俺様の憧れた親父のうしろ姿がそこにある。
 さらに車庫の奥へ進んでいくと、最奥にだけ荷物が積み重ねられてあった。ゴルフバッグやむきだしのスキー、冷蔵庫、あとは埃や塵に覆われて認識できないものばかり。なにに使うのかわからないものもあった。
 居住スペースのほうに入れるところもあったけど、覗いただけで入る気にはなれなかった。

 そこから出ようと向きを変えたとき、入口付近に初めて、赤い折りたたみ自転車があったことに気づいた。
 絶対にほとんど乗られていない。埃にまみれてはいるけど、フレームは新品同様にピカピカで、一切傷もなく、ブレーキもキュンキュンにきいた。
 あまりにも淋しかった。
 あの親父が、まさか自転車に乗るなんて……
 親父が自転車に乗ってる姿なんざ、自分のこの目で間近に見たところで信じられないだろうと思う。受け入れがたい。
 昔、俺様が新しい自転車を買ってもらったときに、一度だけ自転車にまたがってるところを見たことがあったけども、あまりにも似合ってなかった。
 あまりにもショックで、写真撮ることすら忘れた。
 車庫を出た。

 もう一度、俺様の実家を正面から眺めてみた。
 俺様の頭には、もう “ 夜逃げ ” という単語しか浮かんでこなかった。

 ダブルの痛み。あまりに痛くて、痛みさえ感じられなかった。
 行った甲斐がなく、クランクもなおしてもらえない。
 このとき、やっぱりボックスレンチ持ち歩こうと心に決めた。

 俺様は実家をあとにした。


 母親の家の記憶は、あまりに薄い。
 なんかどっかの公園の横の曲がりくねったっぽい道を入って、ちょっと行ったところのアパートぐらいしか憶えてなかった。たしか学校も近くにあった。

「おはようございます」
「おはようございます」
「あ、あの……親父が消えました」
「え?」
 うちに帰ったら、まだウメくんがいたので、一応報告。ウメくんの推察を聞いたけども、現状を見てきた俺様には、どれも受け入れがたかった。
「じゃ、調査行ってきます」
「あ、ああ……気をつけて」
「はい~」
 実家からの帰り、Dr.Drive らしい≪エネオス≫へ。工具を借りようと思って寄ったわけだけども、貸してくれるんじゃなくてやってくれた。Dr.Bicycle も可能らしい。
 “ よし ” って言ってくれたけど、そこは車バカなのか、ガッチガチには締めてくれなかった。
 ウメくんが前に言ってたけども、“ 八分締め ” というのが基本なんだそうだ。
 ものの3分でクランクがはずれた。
 もう完全にペダルが使えない状態だったから、いったん家に帰ってクロモリ自転車のほうに乗り換えて向かったわけだ。


 めっちゃめちゃ走った。いつも着てる日焼け防止用のボードのウェアじゃなくて、今日は薄いアーミーな上を着てったのに、ガンガン汗だく。まさかここまで走るとは思ってなかったわけ。
 途中で何度、母親に電話して場所を聞こうかと思った。
 いやいや、しかしそこは “ サプライズ ” 。今日のこの日は、どうしてもサプライズでなくては意味がないのだよ。

<お?>
 やっとそれっぽい道と光景に遭遇できた。
<あ? これじゃねこれじゃね? オイ~、これあったんじゃねぇのって~!!>

 あった。ついに見つけた。

しか ──────── し!!!!

 やっぱり部屋の番号までは憶えてなかった。ぼんやりとなら、たしかこっから入ったよなぐらいのことは憶えてたけども、間違えるの間違ってるような気がした。

「はァ~い。もしもし? タクか?」
 おう、おれだ。
 母親が電話に出た。なにやらうしろが騒がしい。
「ああ。あ ────」
「おはよう」
「あ、おはよう」
 絶対挨拶。
 それからいつもの質問を受け、それに答えた。
「あ、拓弥」
「あ?」
「誕生日、おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「今年も電報届くから」
「ああ」
「今年はドラえもんのやつ」
「ああ」
「いや、昨日も姉ちゃんと明日拓弥の誕生日だねぇ~、どうしてるのかねぇ~って話してたんだよねぇ~。元気にしてるのかなぁ~って」
「ああ、うん……それでなんだけどさ」
「うん。どしたァ~?」
「あ、あのさぁ~、“ マンション・パ・メゾン ” だっけ?」
 アパートの名前を訊いてみる。もちろん、仮名。隣には “ ハウス・パ・メゾン ” というアパートがあった。
「うん、そうだよ? “ マンション・パ・メゾン ” 」
「ああ、やっぱりいいんだよね」
「うん。そうだよ? どした?」
「部屋は?」
「1087番」
「どこそれ?」
 母親から場所を説明してもらった。見ると、隣の家のおばさんが家の前の地面イジリをしていた。なんとも可愛らしいうしろ姿だった。
「ああ、ああ、はいはい。わかった」
「どしたァ~?」
「あ、いや、今来てるんだけど」
「えぇ ──────── !?」
 強烈に驚いてる母。そして落胆のにじみ。
「なんでよぉ~!!」
「あれ? もしかして、いない?」
「いないよぉ~!! 仕事だよぉ~!!」
 うぉッ……そうだ。ここで初めて走馬灯のように思いだした。
「そうだ。そういえば姉ちゃんから聞いてたわ」
「そうだよ。仕事中だよ。だって、金曜日だで?」
「だな」
「なんでよぉ~。来るなら来るってなんで先に電話しないのぉ~」
「あ、いや、そりゃサプライズでしょう」
「サプライズっておまえ……サプライズはいいけど、いないんじゃ意味じゃんよ」
「まあね」
「あ、もしかしてだれもいないの?」
「う~ん、だれもいないね」
 家の玄関の前に立っていろいろ検討してみる。
 郵便受けには入りそうもない。バケツだの自転車だのいろいろあるけど、置いとけそうな目ぼしい場所はなかった。
 母親はずっと謝ってる。
「ごめんねぇ~。ホントごめんねぇ~」
「いや、いいよいいよ」
「あ、じゃあ、姉ちゃんに連絡してみな? そこからすぐ近くだから。歩いても5分か6分ぐらいかなぁ~?」
「ああ、そういや近いんだっけか。どこ?」
 住所を聞いてもまるでわからず。
「とりあえず電話してみな?」
「ああ、そうするわ」
「いやぁ~、ホントごめんねぇ~」
「いや、いいよ。しゃあない」
「あ、でも、起きてるかなぁ~」
「ああ、まあ、それはそれでしゃあないし」
「んじゃ、姉ちゃんに電話してみな?」
「うん。んじゃ」
「はいよぉ~」

 姉に電話。
「──── “ ただいま電話に出られません。ピーっという発信音のあとに ” ……」
 断念。
 隣では、おばさんがまだ地面イジリをしていた。
「あの ────」
 俺様は意を決して、そのおばさんに話しかけてみた。
「──── このへんに≪家族食堂≫ってありますか?」


 もう選択の余地はなかった。
 母親の職場に向かうことにした。当然、これもまたサプライズ。
 さっき聞いた住所と、俺様の記憶だけを頼りにひた走る。そんな食堂は実在するはずもなく、実際にはとっても目立つ場所で働いてるとのことだった。姉ちゃんから前に聞いていた。さっきも聞いた。住所も聞いた。
 でも、住所じゃまるで見当もつけられない俺様。うろ覚えすぎる記憶だけが頼みの綱。

<橋渡るのか? ……いやいや、まさかそんな遠くに働きに行くはずがない>
 母親も自転車。少なくとも前はそうだった。車には乗らない。好きじゃないのか、運転できないのかは知らない。免許を持ってるのかどうかさえわからない。
 走って走って走りまくって、1時間半。
 タクシーの運転手さんが、道端に車を停めて、どこか遠くをぼんやりと見つめながら煙草を吸っていた。
「あのぉ~……」
 どうもその運転手さんの表情を見るに、俺様が初仕事なのかとか思ったっぽいな、ありゃ。
「あ、このへんで一番近いところなら ──── 住所言ってわかります?」
「あぁ~、いやぁ~、はい」
 聞いた。
「あぁ~、なるほどぉ~……どうやって行くんですか?」
 運転手さん、笑う。
「そこの信号の道を右に曲がって、そこの道をまっすぐ行くんですよ。そしたら左側にあります」
「あ、そうですか。ありがとうございます」

 走って100メートルも行かないところで、電話が鳴っていることに気づいた。
“ Mammy ”
「はい?」
「姉ちゃんに連絡ついたかい?」
 母は、姉ちゃんのことを “ 姉ちゃん ” とは呼ばない。必ず名前で呼ぶ。
「いや、寝てんじゃない? 留守電だったわ」
「あぁ~、やっぱそうかぁ~……いやぁ~、ホントごめんねぇ~」
「いや、だから今から行くから」
「行くって? どこに」
「職場」
「えぇ~? あんまり話せないけど」
「いいよ。ちょっと渡す …… 住所ってどこだっけ?」
 さっきも聞いたけど ──── “ 南アルプス5条1丁目、チョモランマの斜め前 ” ね。タクシーの運転手さんと合致。
「ああ、そうなの? あ、じゃあ、今から行くわ」
「あ、うん。気をつけて来なさいよ?」
「はい~」

 そして母親の職場に到着した。自転車を停める。
「 ──── 拓弥ぁ~」
 声のしたほうに振り返ると、母親が駆け寄ってきた。
「おはよう」
「おはよう」
「タク、誕生日、おめでとう」
 そして母は、嬉しそうににっこりとした。
「ありがとう」


 母親とは、短いあいだだったけど、いろんな話をした。
 母親は、仕事とあらば、まるでガス燈である。ずっと灯かりがついてる。それは俺様も知ってる。だから邪魔はできないし、したくない。
 建物の受付のお嬢さんに挨拶をし、女性オーナーさんにも挨拶をした。仕事のことが気になって仕方ないのは俺様もわかった。

「あ、じゃあ、これ、はい」
「なに」
 母親が立ち止まる。
「誕生日なのは拓弥でしょ。なんで ────」
「いやぁ~、たしかに今日はおれの誕生日ではあるけど、まあこうしてさ、あれだ。おれの命への感謝デーっていうことでもあるからさ。だから」
「ひやぁ~……」
 母はテーブルに崩れた。
「男前だろ? やることが」
「いやぁ~、男前だわ。ホントまいった」

「じゃあ、これからパパのとこにも行くのかい」
 落ち着いてすぐ、そう指摘されたときには、さすがにビビッた。
 細かいことは言わずにいたのに、それを予測して当てた母親の回転の速さにあっぱれ。“ 命の感謝デー ” といえば、当然そうなるだろうとは思う。でも、俺様と父親のあいだのことも、知ってるはずなわけだ。
 母親ってすげぇ……

 やっぱり俺様の健康のことになり、仕事のことになり、恋人のことになる。そのすべてがいつも同じ。
 で、あとは世間話。これも同じ。

 まま、なにより、最初見たときは、母親のあまりの若さにビックリこいた。
 俺様の頭を見て、“ なにこれ。ホントあたしとおんなじなんだね、拓弥の髪の毛 ” と言って笑ってた。
 母親も完全な白髪だ。俺様と同じく、中学生ぐらいですでに白髪が生えてたらしい。
 でも、年の割にめちゃめちゃ髪が生えてたから、それはそれで安心もした。
 あの人、頭おかしいんだろうな。きっと。
 しゃべるの嫌いだし、話すのは苦手とか言っておきながら、俺様なんかよりずっとおもしろい。
 そう、なんとなく雰囲気というか、ストレートでたっぷりとした白髪頭でも、話をしてると若いと感じるんだな。
 クレイジーな母親だと息子ながらに思わざるを得ない。

 “ あんたはマザコン的なところがあるんだから ” と母親に面と向かって言われて、俺様も “ それは自分でもわかってる ” って返すような話をしたわけだけども、やっぱり今になって母親と話してると、自分とは違うんだなぁ~と感じる。
 そう、親といえども、自分自身じゃない。どんなに似てるとわかってても、決して同じではない。他人と言ってもいいぐらいに違う。
 自分以外の人間に対して、その人の “ 人格 ” というものを認めるには、やっぱりなんだかんだで難しい肉親。自分とは同じで、なんでもわかってくれる存在のはず、そうであってほしいとか、ついついなんかそんなふうな意識で接してしまう家族。
 いつも味方でいてくれる存在。でも、感じ方や考え方、それ以外での自分自身と全部が全部一緒というわけではない。
 やっぱり、家族といえど、たとえ血をわけていようと、おれとは違う。
 言い方を換えれば、だれがだれにしたのかが明確で、惜しみない輸血と同じなんだな。

 でも、俺様は、それが幸せだ。嬉しい。
 今やっとそれがはっきりとわかった。
 時間には頼らない。平等がなにかを解決してくれるわけじゃない。
 やっぱり、どれだけの時間が経っても、自分自身がなにかを許して、なにかを認め、受け入れて初めて、いろんなことが解決される。
 時間の解決は、色褪せるということだ。老化からは逃げられないっていう諦めに近い部分もある。
 でも、色褪せていくほどに、鮮明になっていくということもあるんだ。


 そうなんだ。
 こうしてほんの少しのあいだでも、ちょっと顔を見せるというだけで、あんなにも嬉しそうな顔で迎えてくれる人がいる。素直に、無条件で喜んでくれる。
 つらいことも淋しいことも過去にあって、毎日まいにち本当に些細で本当は必要のない心配をかけて。
 それでもおれを、駆け寄ってきてくれるほどに迎えてくれる。
 だからおれは、この命を大切にする。大切にしたい。大切にしようと思えるんだ。
 親のために、家族のために。
 そして、自分自身のために。

 僕がこうして生きていて、血のつながりのない人たちを眺めながらも、僕が自分らしくあれるのも、そうした人たちが、家族だけじゃなく、たくさん、自分が思ってる以上にいてくれるからなんだ。
 自分でわかってるだけの人なんて、きっとあまりに少ない。もしかしたら、知らない人のほうが多いのかもしれない。
 ほんのひとにぎりの人のためだけになんて、あまりにも淋しすぎる。
 僕が知らない人たち、そのすべての人たちのために、自分の命に感謝する。
 だから家族、そして母と父には言葉にもならないような気持ちを感じる。
 今になって、やっと気づけた。
 そして今じゃ、血はつながってないけど、育ててくれた何人かの母親にも感謝していこうと思えるようになった。
 気に入らない人もいて、きっとそれはその人も同じだっただろうし、実際それがイヤで実家を出た。
 それでもご飯を作ってくれたり洗濯をしてくれたりしたんだ。バレンタインにはチョコレートをくれたり、僕からは絶対に話しかけなくても、無理やり話を引っ張ってきて、言葉をかけてくれた人もいた。
 今じゃどこにいるのかもわからない人たちだし、なにをしているのかもわからない。
 だけど、もしここを見てくれた人がいるら、そういう気持ちでいるっていうことを伝えたい。

 僕はこれまで、どれだけの人を傷つけてしまっていたのか、自分でもわからない。
 そうやって、突然家族面して入ってきたなんて感じてた人たちは、きっと全員傷つけてきたと思う。
 今さらかもしれない。
 肉親とも連絡をとらなくなった人間が、突然そうじゃない人たちへの気持ちが変わったなんて伝えたところで、もう関係ないかもしれないし、そんなことどうでもいいのかもしれない。
 どんなに言葉を並べたところで、本当にそう思ってるなら、連絡先でもなんでも自分で探して来いと言われるかもしれない。

 だけど、それは僕もやっぱり、どこか同じ気持ちを抱いてる。
 スカはやっぱりスカでもあるし、スカのままでもいいんじゃないかって。
 こういうこと、自分の誕生日に親や兄弟にプレゼントをするって、する側がすごいとか、偉いとかじゃないとも思うんだ。それはやっぱり、すごく優しいとか、親孝行だねって言われるかもしれない。
 でも、“ される側 ” の気持ちも大事なんじゃないかって。それを受け取る側も、笑顔で “ ありがとう ” って言えるかっていうこと。
 それは結婚のプロポーズと同じかもしれなくて、受ける側の気持ちに委ねられる部分も多いと思う。
 でも、どこか街なかとかで見かけたら、今は、自分から声をかけられると思うんだ。


 この誕生日、すべてが俺様におっては予定外だった。
 でも、このすべてが心に残る。
 そしてこの誕生日は、俺様の家族の心にもずっと残るだろう。
 “ 全部スカしたんじゃない? ” って母親は笑いながら言った。
 でも、スカだって、意味がないわけじゃないって、今日初めて知った。
 いつも、常に “ 良い ” っていう評価が欲しかった。そうじゃなきゃいけない、いつも完璧じゃなきゃいけないって思ってた。
 でもそうじゃなかったんだね。

「若い?」
「うん。いや、最高っす」
 おれの返しに母は笑った。
「いやぁ~、でも、タクの顔見れると思ってなかったから、本当に嬉しい……わたしはホント最高」
「まあ、予定は全部スカしたけどね」
「ありがとね」
 ありがとう。あーちゃん。

 なにより、今まではずっと避けてきたというか、なんとなく口にできなかったことを口にしてみた。
 すると母親は、こう答えた。

俺様:
じゃあ30歳のこれを機に、思いきってちょっと訊いてみていい?
母:
いいよ。
俺様:
じゃあさ、親父と結婚してよかった?
母:
うん。もちろん。よかったと思ってるよ。
俺様:
へぇ~、そうなんだ。
母:
うん。感謝してる。いろんな勉強させてもらったしね。
俺様:
ああ~ぁ、そういう意味でね。
母:
うん。いや、でも違うよ? 結果としてこうなってしまったけど、結婚してたときはホント幸せだったもん。いや、結果としてはこうなってしまったけど ────
俺様:
え? でもちょっと待って。それは子供を仲介にしてってこと? じゃなくて?
母:
違うよ。お互い好きで、子供たち、あんたたちができたんだよ。お互い好きで一緒になったんだからね? 今思っても幸せだったなぁ~って思うもん。
俺様:
それはよかった。うん、それならいい。よかった。
母:
 子供は子供。子供は別で好きだし。
俺様:
うん。ああ、だったらよかった。おれも嬉しい。
母:
だから逆に、結婚して1年で別れちゃうとかっていうのはわからないの、わたし。
俺様:
あぁ~、まあね。だね。それが聞けてよかったよ。
母:
うん。だから、パパと結婚してよかったよ。ホントに。

 そう。そうなんだな。
 母から “ 幸せだった ” っていうその言葉が聞けただけで、俺様は言葉にできないぐらい嬉しかった。
 なにが聞きたかったのか、なにを期待してたのか、それを聞いたからどうかっていうのは、自分でもよくわからない。
 でも、それを聞けたのが、おれ自身もすごく嬉しかった。それが今までの誕生日で、今日が一番素晴らしい日にしてくれた。
 まま、そのあとで “ だから今一緒に暮らせるかって言われたら、それはまた別だけどね ” ってつけ加えてたけど、“ それはなんで? ” って訊いたら、母は言葉に詰まってたけども、それはそれでおれにもわかる。
 “ もう結果っていうものがあって…… ” って。

 そう、そこなんだな。
 家族といえど、他人なのは、二人には二人の問題っつーのとかが必ずあるのだな。
 家族だからってなんでもわかるわけじゃなくて、わからないこともあって、子供にも言えないことがあって、言う必要もなくて、自分の胸のなかにだけしまっておきたいこともあって、それもまた家族なんだよな。
 母は、“ わたしが勝手に体の具合が悪くなっちゃったから ” とか言ってたけど、それはたぶん、俺様への気遣いも多くあるだろうと思うわけ。
 うちの家族は、どうしても矛先が自分のなかに向かう傾向にあるらしいのだな。
 たぶん、俺様がまた三人で一緒に暮らせたらとか言いだすとか思ったんじゃないかな。たしかにそれはそれで嬉しいだろうなっていう想像もしたことはあるけども、どんな形であれ、おれの家族は、どこにいても、だれがなにをしていても、家族は家族なんだ。
 俺様には、この “ 命 ” があるんだ。
 おれは、それをなにより大切にすればいいんだよな。母親との話でそれを感じた。
 逆に、そこへの甘えもあるだろう。
 でも、強がりだって時にいい。

「これなに? これなに?」
「開けんなよ? まあでも、そんなたいそうなもんじゃないよ」
「いや、ありがとう。ホント、ありがとね」
「一人で開けて、一人で泣けばいいんだわ」
「 ──── 泣かない。絶対泣かない」
 そう言って母は、本当に嬉しそうに、しわくちゃになって笑ったんだ。


 こういうことは、自分の恋愛関係のことと同じぐらい書かないことにしてる。自分で自分の “ 左手に告げる ” ようなことはしたくないっていう自分なりの美学からだ。
 でも、今日のこの出来事は、もしかしたら、同じようなことで悩んだり、苦しんでたり、つらかったり淋しい思いをしてる人がどこかにいて、ここを見てくれたとき、なにか少しでも役に立ったらいいなと思って書いてみた。
 少しでも元気になってくれたり、励まされたり、なんかしてみようかなとか思ってくれたら、僕もすごく嬉しい。

  • June 20, 2008 10:01 PM
  • 松田拓弥
  • [ 変化 ]

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メッセージありがとう : 2

ラブワイフ June 23, 2008 10:44 PM

素敵なお母さんだな^^

あこがれます^^

そして、お誕生日おめでとう!!

松田拓弥 June 24, 2008 10:07 AM

 あらあら、ラブワイフさん、またまたコメントあざーっす!!

 ええ、素敵にクレイジーなマミーなんざんすのよ、これがまた。
 憧れのお母さん像があるのなら、それは間違いなく、ラブワイフさんも素敵なお母さんになれることでしょう!!

 あ、ラブワイフさんの誕生日を教えてもらえれば、こちとら HAPPY BIRTHDAY 唱えますぜ?
 ありがとう!!

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