親父。

 今さっき親父に逢ってきた。
 たくさん話した。本当に。たくさん。


 あんなにも親父と、“ ただしゃべる ” っていう空間をともに過ごしたのは、たぶん俺様が生まれて親父と過ごしたなかでも、初。たぶんじゃない。これ、間違いない。
 おれと親父以外、本当になぁ~んにもない部屋で、なぁ~んの音もなく、おれと親父の声しか聞こえない時間の上にいた。

 ひっさびさに逢った親父は、なんかむしろ、俺様の記憶に居座る親父よりも、見違えるほど活き活きしてた。
 気に入らねぇ……なぁ~んか、気に入らねぇ。

 どうやら親父は、本当に会社はやめたらしかった。
 それを聞いて、俺様は、なんだか安心した ──── いや、そんな親父に感心した。
 しばらく見ないうちに、親父も成長したんだな、と。

 むかぁ~し昔、親父は “ おれにはこれしかできねぇんだ ” とずっと言い張ってた。
 でも、それを、やめた。やめたんだ。
 過程はどうあれ、それをやめるという決断には、それはそれは大きな勇気がいっただろうし、親父にとっては、あまりにも大きすぎる大きな一歩を踏み出せたんだなと感じた。

 始めるのは簡単だ。その気になればいいだけのこと。
 でも、それをいざやめるってなると、いろんなことがからんでくる。
 親父にとっては、それが生き甲斐で、おれたちという子供たち、母親も当然含めた家族を養っていくっていう責任がともなった。
 みんなバラバラになった今でも、変わらずにいたはず。
 それをやめるっていうことは、全然違う次元でこそあれ、親父の人生にとっては、きっと同じぐらい、土俵を変えた視点で見れば、それ以上に大きな割合を占めてた仕事。
 それを親父は、やめてた。
 あまりに大きすぎる喪失だったと思う。

 でも今の親父は、なんか活き活きしてた。
 今はどこぞのパークゴルフで、ゴルフコースを管理してるらしい。
 どこか淋しげな表情で “ 今にして思えば、もっと早くにやめときゃよかったんだけどな ” とは言ってたけど、それは違う。
 だから俺様は、正直に “ それは違うだろう、親父。そやってあのときめちゃめちゃがんばったからこそ、今そうやって人づてが生きてるんだべや。 ” と言った。
 フォローでも気休めでも慰めでもなんでもない。親父のがんばりは知ってる。実際に自分の目で見て、一緒にそばでやっていて肌で感じてる。
 そう、だから今でこそ “ だからよぉ~、社長は3人もいらねぇんだって社長に言ってやったんだよ、おれ ” なんて話す親父と笑い合えた。


 まあ、そんな親父のなにが一番気に入らねぇって、若ぇんだよ、あいつ。
 自分でも自信たっぷりに言い放ってたけども、“ 60に見えねぇだろ? ” って、ごもっともだ。返す言葉もなかった。
 俺様より髪の毛あんじゃねぇのかっていうぐらい髪の毛もフッサフサで、本当に悩み無用。
 あまりに変わり果てた親父の姿を想像してドッキンドキンさせてた俺様の心臓が、逆にドキドキさせられたぐらいだ。
 “ あまりにもヨボヨボで変わり果てた姿になってたらどうしようとか思ってたのに ” とか言ったら、からっからの太陽ばりに笑われた。
 彼、きっと、石原裕次郎なんだと思う。いや、マジで。

 いないわけがないと、今回家に着いて初めて親父に電話してみたら、寝てた親父。
 赤ちゃんみたいな声で応答開始。
「あ、寝てた?」
「あ、拓弥か? あ、うん、寝てた……」
 本当にアニメにしか出てこないような、あの “ ムニャムニャ ” っていう擬音を今日、初めて生で聞いた。
 だって、朝の5時ですもん。
 姉ちゃんの話では、仕事上、朝の4時半から5時ぐらいに起きてるって聞いてたから、その時刻に行ったわけだ。
 しかしながら俺様も人の子。そんな親父も、やはり人の子。
 梅宮辰夫さんかよってなぐらいの親父でも、寝るときは寝る。息子ながら、どんだけ当時の大スター食ってんだって気がする。もし寝てないんなら、もはや彼は人間じゃない次元。
「ちょっと出てこいや」
「は? 出てこいってどこによ」
「家の前。今おれ、来てるから」
「はあ? おま……おう、ちょっと待ってれ」
 郵便受け開けっぱで覗きまくってたら、記憶どおりに寝室から登場するかと思いきや、奥の居間から登場。
 なぜかオレンジ色のゴルフ用シャツに黒いスラックスといういでたち。そして、微妙に整った寝ぐせ。
 恐ろしいミスマッチに、さすがの俺様もクラクラした。
「おう ──── 」
 玄関のドアが開くと同時に、親父の第一声。

「 ──── 入ればいいべや」


 あ、そうそう、親父はどうやらそのまま住んでたらしい。
 朝の7時半きっちりに起床して、だいたい8時ぐらいに仕事に行くという記憶のまんまだったもんだから、俺様が誕生日に行った日には、もうすでに今現在の仕事に出たあとだったらしいのだな。
 しかしながら、今回もまた行き損ってのは、さすがに行く気も失せそうだったため、コーリングしたわけだ。

 で、まあ、最初はしばらく母親と同じような質問と応答。母親とのひさびさぶりの倍以上だったもんだから、その重さも倍以上だったけども。
 親父、しゃべる……とにかく、しゃべる。
「おまえ、おれとしゃべってんだから、おれの顔見てしゃべれ。そっぽ向いてしゃべるやつがあるか」
 おい親父、あんた、そこまでか。

 親父は相変わらず、そのへん厳しい。
 俺様を知る人の大半は、それを聞くと “ 信じられない ” とか “ だからこうなちゃったんだね ” とか言ってくれるけども、親父はたいへん厳格。
 行儀、マナー、人間関係、責任感、協調性、挨拶、人情、義理、自分以外の人への思いやり、しつけ、優しさ。
 常識だのなんだのよりかは、“ 人間として ” っていう部分にたいへん恐ろしい。
 まま、職場のほかの人の仕事のしかたとかで、さんざんにこやかに愚痴ってたけどな。
 生粋の職人肌で、病的に責任感の強い人だ。それでいてエンターテイナー。
 やっぱり裕次郎さんなんだと思う。
 “ おれもワンマンだけど、おれ以上にワンマンなんだよ ” と、自分で笑いながら言ってた親父。
 息子の知る限り、親父以上にワンマンなワンワンは、いまだかつて見たことがない。

 相も変わらずあの精悍さ。
 朝の5時にいきなり起こされたにも関わらず、目の下がちょっと腫れてるぐらいですむ顔の歪み。“ あんたにとっての年ってなに? ” って訊きたくなる。老衰っていう意味と完全にすれ違ってる。
 俺様とは対照的な肌の色で、どこのサーファーよってぐらい黒い。
 かっけぇ。
 あいつ、マジかっけぇ。
 嗚呼、気にいらねぇ……

「でもやっぱおまえも大人になったんだな」
 ふと親父が言う。
「これだけ親に意見できるようになったんだからな。おまえももう30になったなんだな」
「いや、それは親父が変わったからだろ? 円くなったからだろ?」
「そうかぁ?」

「それにしてもあいつはホント、常識がねぇっていうか、世間知らずっていうかな ──── 」
 誤解を恐れずにその前後関係を省きつつ、親父が母親のことをそう言った。
「親父、それは違うんじゃねぇか? ただ自分の気持ちに素直なだけだよ、あの人は」
「…………」

「いやぁ~、おまえに怒鳴ったことなんかあったか? そんなことねぇと思うけどなぁ~」
「いや、おま……おまえ、ふざけんなって」
 ついに親を “ おまえ ” 呼ばわり。
「違うじゃん。違うんだって。だからな? おれにはさ、怒鳴った記憶すらないんだって」
「……」

「……あ、そうだ。だからおれ、これ30を機に訊いてみたんだけどさ」
 前の会話とはつながってない。
「あーちゃん、親父と結婚して幸せだったかって訊いたら、“ それはもちろん。いろいろ勉強させてもらったし、感謝もしてる ” って言ってたぞ? “ 今思っても幸せだったなぁ~って思えるし ” って。それ聞いておれ、おぉ~、おまえら、なんかすげぇじゃんて思ったもんな。それあーちゃんから聞いて、聞けたからこないだの誕生日がおれにとって素晴らしい誕生日になったんだよ」
「……ンフ~」
 そう腕を組んで右斜め前のソファでふんぞり返る親父。
 “ ンフ~ ” じゃねぇよ。なんだよそのまんざらでもねぇみたいな顔は。
「……あ、そうだ。そういえば前な?」
 おまえ、なにそこで食いついてんだよ。今までふんぞり返ってたじゃん。なにを身ィ乗りだしてきちゃってんのよ。
「あいつ、一回だけわけのわかんねぇこと言ってきたことあったんだよ……」
 アホだ。
 あいつ、アホだ。
 絶対アホだ。
 気に入った。
 さすがは俺様の親父だぜ。


 とまあ、ホントいろんなことを話したわけだ。
 今日も当然仕事なわけで、チラッと壁の時計を見上げた。
 俺様も本当は、もっともっと時計をあげたらさっさと撤収する予定でいた。あんまり長居して話し込んだら、泣くと思ったから。
 気づけば1時間以上も一緒にいて、ただただしゃべってた。いや、親父の話を聞いてたっていったほうがしっくりか。
 耳を傾ける価値の充分にある話だった。
 親父の言い分。親父の気持ち。親父の想い。親父なりの気遣いや配慮。そして思いやり。
 姉ちゃんに対して、おれに対して、そして今とこれまでの家族みんなに対して。
 どれもこれもが、不器用な親父の言葉でつむがれる優しさだった。
 涙を欲しがらない感動があった。

「あ、じゃあ、親父もそろそろ仕事だべ? んじゃあおれ、そろそろ帰るわ」
「あ? いんだ。ひさびさに会えたんだからいいべや、ちょっとぐらい」
「よかねぇだろう。まあ、おれもまた明日仕事あるし」
「いや、そりゃわかってる」
「っつーか眠いんだよ。だから帰って寝るわ」
「いいべや……ここで寝てけばいいべや」
「ッハ、アホか」

 オォ~~~~~~~~~~!!!!
 あの親父もそんなキュートなこと言えるようになったのか!!!!

 ケータイいじりながらボソッと漏れ聞こえてきた親父の声。
 すっげぇキュートだったな、あんときの親父。

 嗚呼、親父。
 嗚呼、やっぱ行ってよかった。
 そしてやっぱり、親父は、別れ際、手を振らなかった。

 親父。
 ああ、あの親父がな ────

 親父、笑ってた。


 おれも、笑ってた。

  • June 27, 2008 10:39 AM
  • 松田拓弥
  • [ 家族 ]

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