北海道はもう冬です。
中途半端に雪が溶けてきやがってはおりますが、冬ったら冬だ。
泥よけのない自転車じゃ外を走れない。
いや、走れるけど、自慢のリュックサックが汚れ放題になる。今さら気にできる清潔感もないけれど、大切なリュックサックは、どんなに汚れようと自慢なのだ。
本日はめずらしく中央区まで出向いてきた。
もう何年ぶりだろうか……きっともう、些細なことを除けば、かれこれ一年ぶりぐらいになるのではなかろうか?
そう、本日は朝っぱらから面接であった。
ついに俺様は転職を決意したのである。
やっぱねぇ~ ──── やりたいことやりたいじゃん?
思わね?
せっかく、いつの間にか身についてた知識や技術、生かしたいじゃない。
好きなことやりたいじゃない。
本当にやりたいこととはたとえ別だったとしても、そこにたどり着けるまでの道のりも、どうせなら楽しみたいじゃない。
楽しくない道のりなら、余計に長く感じちゃうじゃない。
だって、そうじゃない。
というわけで、なにかと『ギャラリー』のところを充実させていく必要が出てきた。
こりゃまいった。
まいんねぇけど、なんかまいった。
いや、まいんねぇ。
嘘。
まいんねぇ。全然。
とりあえず写真か?
写真ならたくさんあんぞ?
壁紙か?
みんなもわりと楽しんでもらえるやつのほうがいいか?
写真はあくまで自己満足の域を出ない。
壁紙となると、やっぱ自分以外の人のことも考えて作りはじめるからな。そりゃ。
音楽いっちゃう?
うん。イッちゃうさ。そりゃイッちゃうさ。
時間を見つけては今も音楽はちびりちびり作ってみてる。
いっそのこと、動画に音楽乗っけちゃう?
詩か?
ん~、やっぱ詩か。
そりゃそうだ。
文章っつーのは、そのほぼすべてがクリエイティブといっていい。
言葉自体はだれもが使い、しゃべり、使い古されたものかもしれねぇ。
でも、その言葉をつなげて、並べて、なにかを伝えようとするそれは、クリエイティビティー以外のなにものでもねぇのさ。
そうなのだ。
とりあえず、見た目としてはほぼすべてが完成形に達した。
なので、今後はもう内容の充実に努めていく。
見た目はもうしばらくいい。
ギャラリーとか文章がどうのとかなんて関係ねぇ。今回は。
そう、今回は。
≪バスセンター前≫って、全然地下鉄が止まんねぇのな。
回送? 地下鉄にも “ 快速 ” ってあったっけか?
ってか、地下鉄ってなに?
地下鉄とか公共の交通機関って、こないだ手稲に行ったとき以来、ひさびさだ。
今日思わず、面接先の案内人の人に “ 市電って、なんですか? ” って訊いてしまった。
恥ずかしさもなにも感じなかった。
いや、わかるよ?
そりゃわかるさ。
ただね?
“ JR ” と “ 市電 ” って別々に出されるとね?
区別つかないじゃん?
なんかどっちでもよさそうだし、聞いてみたところによると、むしろ “ 市電 ” のほうが響き的に ” JR ” っぽいでしょう。
俺様だけ?
いや、それもわかってるよ?
“ わたしだけ? ” って人に確認する人って、だいたい自分でもわかってるから。
そして、“ 札幌駅北口 ” っていうのを文字で示されると、イマイチ理解に苦しむ俺様は、またまた確認してみた。
そのときの会話のなんたるや!!
「札幌駅の北口って、札幌駅からこっち側に出るほうの出口ですか?」
「こっち ──── ですか?」
「ええ。あっち側じゃなくて、こっち側に出てくるほうのことですか?」
「ええ、まあ、そうですね」
「あ、じゃあ、あんまり出てこないほうの出口ですね。わかりました」
伝わりました。
札幌の人にはこれで通じます。通じてくれるみたいです。
そう、そこでだ。
帰り道が行方知れず。
また電話しようかとも思ったけど、やっぱランチタイムに突入の時間帯だったんで、それはさすがに申し訳ないでしょ?
だから歩いた。
行きもそう。
“ 南 X 西 X ” とかいう住所を聞くと、これはきっとみんなそうだと思うんだけど、“ とりあえず大通駅行っときゃ間違いねぇよな ” ってことで行ったら、遅れた。
ありゃまいった。またもやせっかくセットした髪の毛も風に吹かれてモージャモジャ。
大通駅の地下道を激烈猛ダッシュ。
と思ったら、意外に近くてビックリこいたのは鮮明。
と、そこでふとひらめいた。
そして帰り。
意味もなく≪バスセンター前≫の地下道で写真を撮ってみた。これがそう。
白黒にしようかとも思ったけど、それでは明暗をわけてる人様の陰影が台無しになるので、やめ。
ケータイのカメラで撮った割に、思いのほかきれいに撮れてたので、たいしてイジりもせずアップリンク。
いやぁ~、しかし ──── 完全に浮きますな、ああいうのって。
そういえば、地下鉄で南郷まで帰ってきたとき、地下鉄の駅から外に出る階段に、ブラとパンティーが落ちてたの!!
しかも、何段かごとに一枚、あるいは二枚と2カップとか。あるステップには、きちんとたたまれてキュキュッと中に突っ込んで丸まった状態のもあった。
──────── 撮りてぇ。
なんて思ったけど、そこは俺様も大人だからな。グッと堪えて無造作紳士で外界に出たさ。
うしろに高校生とか何人もぞろぞろ来てたし、おばちゃんもいたしな。
でも、あそこでしっかり階段に片膝ついて撮影してたら、俺様の右に出る者もいなくなっただろうなとうしろ髪ひかれまくったのもまた事実。
俺様自分で思うに、きっとそういう場面に出くわした際の大人げなさ、あるいは奇才さは、だれにも負けねぇんじゃねぇか。
あそこで撮れなかった俺様は当然ショボいけども、ずっとボード用ウェアのポケットのなかのケータイにぎりしめてたもんな。
でももう、その悶々とした行き場のないやるせなさを紛らすためか、高校生たちもおばちゃんも顧みず、何度も何度もパンティーとブラを振り返ったさ。ああ、振り返ったよ。何度も。そう、何度も。
だって、気になるんだもん。
ぶっちゃけ、欲しかったもん。
いや、そんなもん絶対家になんて持って帰んないけど、そこから持ち去るということに意義がある。
いや。
ある。
とまあ、そんなわけで、本日の俺様。
タイトルのとおり、『スーツなのにボード用ウェア : サングラス・ヴァー』な一枚。
完全に死んだような目をしてるものの、実はしっかり開いてる。部屋の電球色な照明、サングラスと同化してしまってる故。
うわっ、カッコわりぃ ──────── !?!?
なん~ま、カッコわりぃ ──────── !!!!
やっぱあり得ねぇ~。
ん??
なんだって?
そやって言うのは、実際には “ カッコいい ” って言ってもらいたいからだとか、自分でカッコいいと思ってるから写真とか公開するんでしょとか思ってんだろ?
バカ言ってんじゃねぇよ。
ただ漠然として他人への劣等感と、自分自身への根拠のない自信のなさを人様にぶつけるんじゃねぇ。
人のカッコよさとかっていうのはそれぞれ好みの問題があって、自分でカッコいいって言ったところでまったく根拠がないとか言ってんなよ。
その無根拠さってのはお互いさまだろうに。
それをなんかいい気になって人の気分を害すのは、完全にそんな自分への自信のなさこそが、害毒なのであるよ。
本当に勘違いしてんのはどっちなのか、もう一度よぉ~く考えてみな。
今日は面接ということで、めずらしくスーツを着たものの、その上にボード用ウェアを着込み、その上ボード用のボロボロになったごっつごつの手袋をはめるという北海道人としてはあり得ない非オシャレ感に感銘を受けた俺様は、帰宅後、着替えることも忘れて思わず激写。
ホントあり得ないと思うの。このファッションセンス。
そして、この格好で天下の大通市街地を闊歩し、おまけに迷子になって、一回渡った横断歩道をまた戻り、真ん中で立ち止まって、一回向こうまで渡りきったあとにダッシュでまた戻ってくるというキュートな大人を演じてきてやった。
そう、札幌というこの中途半端に汚れてゆく街で。
そして、調子こいてもう一枚。
普通のメガネ Version である。
別に、怒ってねぇから。
とまあ、どうしても斜に構え、偉そうな感じに向き合ってしまう俺様は、一般社会としては当然のごとく不必要に敵を多く作るらしい。
で、帰りにお葬式あったわけでもないから。
んなこと言ったってよ?
色の入ったシャツしか持ってねぇんだもの。で、ネクタイ。
だからどうしても面接とかそういう場となると、こういうお葬式みたいな格好になってしまう以外ないのよ、これがまた。
黒いスーツに白いシャツ、黒いネクタイに、黒い革靴。
だけど、上にはボードのウェア。
だれがこの下にブラッキーなスーツ着て、さらにウォークメンで “ 気持ちよくなりたいよォ~……あ~ん、気持ちー。そこ気持ちー。もっと、もっと ──── もっとして、もっとして、あっ、すごっ、そこキモチー ” なんて間違って入れてしまった音源聴いてるなんて想像するだろう。
しかしまあ、“ 作品などがあれば ” と言われて、このサイトを教えたというだけでもきっとすげぇだろうことなのに、こんなこと書いてていいんだろうか。
技術的なことが見たいだけとはおっしゃっていたものの、やっぱ人間だもの、内容も目に入ってしまうよな。
いやはや、まったく ──── まったくだ。
まま、こんなときは『 GIROPPON 』でも聴きましょか。
そう、職場ではね?
仕事がデキるとかデキないとか能力的なこと云々かんぬんじゃなくて、人間性とか人柄っていうことのほうが大事なんだよ?
そそ、コミュニケーション術があれば、別に自分は仕事デキなくなったっていいんだからな。
どっかのシャッチョさんだかが言ったんだって。
別に私がデキる必要はない。私以外の頭脳が素晴らしければ。
たしかに。
猫かぶろうが嘘だろうが偽りだろうが欺瞞だろうが偽善だろうが、結局はそういう人たちに慕われて、さらに助力をいただければ、それでいいと思う人はそれでいいと思うんだな。俺様もさ。
もしかすると、本当に賢い人っていうのは、そういう人のことを言うのかもしれない。
おもしろくないヤツって思われるよりは、人を笑わすことのできる人のほうが魅力的だし、なにかと愚痴る人とか怒りっぽい人とかには近寄らないだろうし、考えなしにただ自分の意見とか考えを押しつけるだけの人には、だれもついていかないよな。
やっぱ結局のところさ?
人っていうのはさ、人につくっていうことだよな。
- December 2, 2008 3:33 PM
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